24.克己と植物園
「おかえりー」
「ただいま」
「ただいまー」
いてもたってもいられなかったのか、克己はゲートフロアで3人を待っていた。
「どうだった?」
いつもは留守番していても、こんな風に聞いてくることは無いのだが、克己は余程、弟妹の事が気になっているらしい。
「……どうって言われても」
るいざが困ったような声で答える。
「譲が先制攻撃で船底に穴を空けちゃったから、短時間で撤退してくれたわ。後はこの間の沙月君と譲が戦闘したくらいで……」
「他に能力者は居なかったのか?」
克己の問いに、るいざが譲を見た。譲はエレベーターに乗り込みながら、何でもない事のように言う。
「お前の弟と妹が船に乗っていたな」
「それで?」
「それだけだ。交戦どころか、会話すらしてない。遠目で見ただけだ」
克己は譲を追ってエレベーターに乗り込む。
「遠目で見て、なんで弟と妹だって分かったんだよ?」
「会話をテレパシーで盗み聞きしたからだな」
「……そっか」
克己が納得したように押し黙る。
るいざと麻里奈を残してエレベーターの扉が閉まり、下降を始める。
静かに下降するエレベーターが、3階に着いた。
扉が開き、エレベーターを降りた譲に、克己が聞いた。
「何て言ってたんだ?」
譲は少しの間の後、答えた。
「お前が居ないと言っていたな」
「……そっか」
克己を残したまま、エレベーターの扉が閉まり、上昇を始めた。
克己はとっさに5階のボタンを押す。
今はきっと自分は情けない顔をしている。
こんな顔、るいざや麻里奈には見せたくなかった。
5階で扉が開くと、克己はエレベーターを降りた。そして、そのまま処理棟へ向かい、階段を使って2階まで降りると、再び中央回廊を通り、植物園の方へ足を向けた。
「あれ、克己は?」
次のエレベーターでテラスに下りてきた麻里奈が、誰もいない事を疑問に思ってつい聞いてしまう。
「居ないわね。譲は多分、部屋だと思うんだけど」
るいざも辺りを見回したが、克己の姿が見あたらなかったので、仕方なく着替えるために自分の部屋に行こうと歩き出す。
そんなるいざを追うように、麻里奈も住居ブロックへと歩き出した。
「私たちが居ない間の、憲人の様子を聞きたかったのに」
「きっとそれどころじゃなかったのよ」
「そうね。今回は仕方ないわね」
るいざの言葉に、麻里奈も納得する。
自分の身内が敵軍に居たら、麻里奈だって気になってたまらない。留守番させられても、心ここにあらずだろう。
「あ、でも、ちゃんと頼んだ荷物は取りに行ってくれたみたいで、テラスのテーブルに置いてあったわ」
出撃前に、麻里奈ば農場へお菓子を取りに行くよう、克己に頼んだのだ。
「そういえば大きなバスケットが2つあったわね。もしかして、あれ全部お菓子?」
「多分そう」
「本当に大量ね。しばらくお菓子には困らないわね」
「嬉しいわよね」
麻里奈は満足そうに笑うと、るいざの部屋の前でるいざと別れ、自分の部屋に入った。
「憲人~、具合はどう?」
「おかえりなさい。特に変わりないよ」
「そう。なら良かったわ」
麻里奈は着替えるより先に、憲人の部屋に入る。
「克己はここに来たの?」
「ずっと居てくれたよ。真維が、麻里奈たちが帰ってきたって教えてくれて、迎えに行った感じ。農場へはテレポーテーションで取りに行ったからすぐだったし」
「やっぱり便利よね、テレポーテーション」
「うん。欲しいよね」
憲人が同意する。
「それはそうと、シャワー浴びて着替えたら? もうすぐ夕食の時間だし」
「そうね。埃っぽい格好のまま、憲人のところに居ちゃダメよね。ちょっとシャワー浴びてくるわね」
「うん」
「出たら、一緒にテラスに行きましょ。夕食の手伝いもしたいし」
「そうだね。待ってるから、ゆっくり入ってきて」
「ありがとう。入ってくる~」
そう言うと麻里奈は、着替えを持ってバスルームへと消えた。
一足先にシャワーを浴びてテラスに来た譲は、そこにあるデカいバスケットに気付いた。
「なんだこれは?」
上に掛けてあった布巾をずらすと、バターの良い香りが辺りに漂う。
そういえば、行きの道中に麻里奈がお菓子がどうのと言っていたような気がする。
沙月と無駄な争いを繰り広げたせいで腹が減っていた譲は、クッキーを摘まむとコーヒーを淹れた。
疲れていた所に甘い物がちょうど良い。
そうしてクッキーを摘まんでいると、シャワーを浴びて着替えたるいざがそれを見つけた。
「あ! もうすぐ夕食なのに!」
「大丈夫。甘い物は別腹だ」
「そんなわけないでしょ! これは食後のデザートよ!」
るいざはバスケットをキッチンへと持って行ってしまう。
譲は仕方なく、クッキーの破片が付いた指を舐めると、コーヒーを飲んだ。
「克己はどうした?」
譲がるいざに聞くと、るいざは驚いた顔をして譲に言った。
「譲と一緒だったんじゃないの? 2人でエレベーターで降りてったじゃない?」
「降りたが、克己はここでは下りなかったんだ。また上に上がっていったから、てっきり一緒かと思ったんだが」
そう言うと、るいざは少し考えて言った。
「じゃあきっと、あそこだわ」
「あそこ?」
「植物園」
途中まで下拵えしてあったものを、冷蔵庫から取り出しながら、るいざは言った。
「考え事があるときとか、1人になりたいときは、大抵植物園に居るから。きっと、情けない顔を見られたくなかったのね」
「へえ……」
克己にもそういう一面があることを知らなかった譲は、少しだけ驚いた。が、すぐに納得もした。克己は陽の部分だけで出来ている人間ではない。陰の部分を上手く隠して見せないだけで、普通の人間と同じように、暗い感情も持ちあわせているのだ。
「植物園、ね」
そう言えば以前、トムソーヤの話をしたなと譲は思い出した。だとすれば、きっと今頃は木の上だろう。
「まあ、今日は放って置いてやるか」
譲はコーヒーを一口飲んで、いつものようにウィンドウを開いた。