1.縣 譲
「そーいや、譲知らねー?」
朝食を食べて居るとき、思い出したように克己が言った。
「知らなーい」
と、食べながら麻里奈が返す。
「私も知らないわ。真維に聞いてみたら?」
るいざが真っ当な意見を言った。
「だな」
それに同意して、克己は鍵を取り出した。
「真維、譲今どこにいる?」
すると立ち上がったウィンドウに少女が現れ、地図の一点を指差した。
『コンピュータールームのメインエリアに居るわよ』
「Thanks」
礼を言って鍵をしまう。
そんな克己に、不思議そうな顔をしてるいざが聞いた。
「譲に何か用?」
「ほら、この間言ってた車と外出の件」
「ああ、あれね」
るいざは納得して、キッチンへと姿を消す。
麻里奈は我関せずと朝食を食べている。
「ごちそうさま」
手を合わせてそう言うと、克己は使用した食器をまとめ、キッチンのるいざの元へ持って行く。
すると、キッチンでるいざにラップのかかった皿を渡された。中身はサンドイッチだ。
「ついでに譲に渡してくれる? また食事してないと思うから」
「OK」
洗い物をるいざに渡し、サンドイッチを受け取ると、克己はコンピュータールームへと向かった。
ここに来たときに居た職員達が引き上げてから2日、基本的に食事は克己、麻里奈、るいざの3人は揃って食べている。譲はマイペースなのか、作業に集中しているのか、食事をどうしているのかは良くわからない。よって、るいざが気付けば、こうして差し入れをしているのだ。
連絡通路を歩きながら克己は端末を取り出し、譲の公開されているプロフィールを眺めてみた。
名前:縣 譲
所属・役職:日本再興機関第7シェルター所長兼特殊能力課長
年齢:21歳(2136年4月1日現在) 誕生日:4月8日 性別:男
身長:174cm 体重:56kg 血液型:B
髪:淡い茶色 瞳:赤紫色
特記事項:旧日本軍に所属していた縣北都の子である。コンピューターについて秀でた知識を持つ。また、強い特殊能力(念動力)を持つ。
大した情報は公開されていない。まあ、誰でも見られる情報などこんな物だろう。
コンピュータールームに着くと、扉が自動で開いた。
メインエリアに居るということだったが、どこに居るのか。克己がキョロキョロと探すと、入って左手のコンソールに突っ伏している譲の姿が見えた。どうやら眠っているらしい。
どうしたものかと思っていると、気配に気付いたのか譲が目を覚まし、克己を見た。
「おはよーさん」
「何か用か?」
寝ぼけたりはしていないしっかりした声だった。まだそこまで克己に気を許していないと言うことなのだろう。
克己は譲に歩み寄ると、手に持っていたトレイをコンソールの空いた場所に置いた。
「朝飯。るいざから」
「ああ、Thanks」
「それと、車借りて外出ても良いか?」
「構わない」
さらりと返された答えに克己が驚く。
「キーは部屋の鍵で代用出来る。出入りの履歴は真維に言っておいてくれ」
「OK。るいざも良いか?」
「良いよ。何で?」
「いや、前に外に出るなって言ってなかったか?」
克己がそう言うと、譲は少しの間の後、思い出したように言った。
「ああ、あの時は状況が状況だったからな。今はもう問題無い。真維に登録していけば、俺の許可も特に要らないぞ」
「イヤ、それはさすがにどーよ?」
コイツ面倒臭いだけなんじゃないのか?と言う言葉は辛うじて飲み込んだ。
「じゃ、借りるわ。夜には戻るから夕食は一緒に食べようぜ」
「作業がキリになったらな」
これはアテにならないヤツだな。
克己が溜め息を吐いたとき、思い出したように譲が言った。
「そうだ。もう少し経ったら能力測定とトレーニングが始まるから、それまでに引っ越しの後始末は終わらせておいてくれ」
「もう少しってどのくらい?」
「一週間はかからない」
「はいよ。2人にも伝えておく」
「よろしく頼む」
譲がサンドイッチを食べ始めたのを確認して、克己はコンピュータールームを後にした。
テラスに戻ると、るいざがお茶を飲みながら、1人で休憩しているところだった。
「おかえりなさい」
「ただいまー」
「譲、食べた?」
「食ってたよ」
その言葉にるいざはホッと胸をなで下ろす。
「なんだか野生の動物を手懐けてる気分ね」
「確かに」
麻里奈はコミュニケーションに事欠かないが、譲は放っておくと遭遇すら出来ない事がある。
「まあ、そのうち慣れるだろ」
「だと良いんだけど」
「今回は、長い付き合いになりそうだしな」
「それもそうね」
こんなご時世だ。短い付き合いの方が多い現状で、珍しくも長い付きあいになりそうな相手が居るというのは、なんだか喜ばしい。
「そう言えば外出OKだって。真維に言っておけば自由にして良いらしい」
「そうなのね。良かったわ」
「荷物、今からでも取りに行くか?」
「そうね。思い立ったが吉日とも言うしね」
そう言うと、るいざはカップを片付けるために立ち上がった。
「麻里奈に昼飯の伝言もしていかないとな」
「忘れたら大変よ。後で怒られちゃうわ」
「半泣きになって叫ぶ姿が目に浮かぶな」
「笑い事じゃないわよ」
カップを洗い、麻里奈へこれから出掛ける事を伝えると、2人は外へ出るべくエレベーターへと乗り込んだ。
「そう言えば、そろそろトレーニングが始まるらしい」
「いよいよ本格的に始動するのね」
「ああ。生き抜いてやろうぜ」
「ええ。そのためにも、トレーニング頑張らなくちゃね」
少し不安そうな表情になったるいざの背を、克己は励ますようにポンポンと叩いた。
「大丈夫。なんとかなるって」
「そうね。なんとかしなくちゃね!」
2人はエレベーターを降り、車庫へと向かう。
「まずは、引っ越しを終わらせないとだな。大事な物なんだろ?」
「そうよ。私の宝物たちよ」
るいざが胸を張って言った。
少し歩くと車庫に着く。そこには一台だけ車が止めてあった。
克己は車の運転席に座りながら、操作を確認する。
「夕食に譲を誘ったから、それまでに帰ってこないとな」
「それは重要ね。さ、早く行きましょう」
軽口を叩き合いながら、克己は車を発進させた。