18.憲人の回復
一度目を覚ました憲人は、その後は順調に回復していった。
まず、夜に目を覚まし、だるそうながらも自力で身体を起こし、栄養補給ゼリーを半分ほど食べた。
その後、夜中はよく眠り、翌日は麻里奈の肩を支えに、よろめきながらも立ち上がり、トイレにも行けた。そして、空腹も感じるようになったらしく、レトルトの粥をゆっくりと完食した。
るいざは譲から、憲人が目を覚ました話は聞いていたが、麻里奈へ朝食を持ってきた時に、憲人が起きていたので驚いた。まだ、寝ている方が多いだろうと思っていたのだ。それが、ベッドの上で横になってはいたが、しっかり目を覚ましていたのだ。
「おはよう、麻里奈、憲人。具合はどう?」
るいざはトレイに乗せてきた朝食をテーブルの上に置くと、憲人のそばに行った。
「今日は、昨日よりマシ」
「まだ熱はあるんだけど、食欲も出てきたし、トイレも行けるようになったし、大丈夫そうよ」
麻里奈はトレイに乗せられたら朝食――今日は鯖の味噌煮とほうれん草のゴマ和え、春雨の酢の物、筑前煮、白米にワカメと油揚げの味噌汁、お汁粉付――を食べ始めた。
「じゃあ、お昼は何か作るわね」
「お願いできる?」
「もちろんよ」
麻里奈にそう答えると、憲人が小さく言った。
「嬉しい。るいざのご飯、美味しいから」
「嬉しい事言ってくれるわね。じゃあ、憲人がちゃんと食べられるように頑張らなくっちゃ」
張り切った様子のるいざに、麻里奈が言った。
「そんなに特別なものを作らなくてもいいわよ?」
「分かってるわ。あくまで通常メニューの消化が良いバージョンよ」
「それなら良いんだけど」
さすがに全く違うメニューを2つも作るとなると、るいざは負担だろうと麻里奈は心配したのだ。本来なら、麻里奈が作るべきところなので、余り手をかけられると心苦しい。
と、そこにノックの音が響いて、譲も部屋に入ってきた。
「起きてるな? ちょっと診察とメディカルチェックしても良いか?」
「どうぞ」
麻里奈は相変わらず朝食を食べながら答える。
譲は起き上がろうとした憲人を制止して、手にバンドを巻き付ける。
「食事は?」
「昨夜、栄養補給ゼリーを半分と、今日はお粥を完食」
「水分は?」
「ペットボトルが、まだ一本目よ」
「もう少し飲んだ方が良いな。だが、それだけ飲めるなら、点滴はもう良いな」
譲は憲人の腕を出すと、留置針を抜いて、テープで傷口を止めた。
「気分はどうだ? 気持ち悪いとかあるか?」
「少しぼんやりする。後はだるいくらい」
「熱のせいだろうな。それと、まだウイルスの影響が完全に収まったワケじゃ無いだろうから、それもあるかもな」
「あれ……、克己は?」
ふと、ここに居ない克己のことが気になったようで、憲人が聞いた。
「克己は本部に出張中よ」
「そうなんだ」
「まあ、今日帰ってくるけどね」
るいざが答える。
譲はウィンドウを開いて数値を確認する。どの項目も、昨日よりは良くなっている。この分なら、あと2、3日で良くなるだろう。
「問題無さそうだな」
譲はそう言ってウィンドウを閉じた。
「ありがと、譲」
「気にするな」
譲はそう言うと、点滴スタンドを持って部屋を出て行ってしまった。
「譲、忙しそうだけど何かしてるの?」
麻里奈がお汁粉を飲みながらるいざに聞く。と、るいざも首を傾げた。
「何も無いはずなんだけど。でも何だか最近忙しそうよね」
不思議がる2人だったが、克己が居ないので突っ込んで聞く人間は居なかった。
麻里奈の部屋を出た譲は、一度医務室へ寄り、点滴スタンドを返すと空になった点滴バッグをダストボックスへ突っ込み、そのままコンピュータールームへ向かった。
最近、よくここに居るのは、真維のバージョンアップの為と、日再のシステムの見直しの為、それから、晃一からの頼まれ物の為だった。
晃一が言っていた通り、日再のシステム関係のセキュリティはザルである。しかし、譲が直接システムを管理しているのではなく、譲はあくまで1ユーザーとしての権限しか持っていない事になっている。表向きは。この体裁を保ったまま、システムを強固にすべく、無駄に回りくどいシステムを構築せざるを得ず、更にテンションも上がらない作業のため、妙に時間を取られていた。
それに加えて、こちらは趣味の『真維』のバージョンアップだが、今回は少々大掛かりに行うため、こちらもそれなりの労力が必要だ。
そして、一番厄介なのが、晃一からの頼まれ物だ。
どうやらプランツ・レリックは本格的に本拠地を設けるつもりらしい。
システム関係の問い合わせに答えているうちに、指定環境への適合について、半ば勢いで共同研究をする形になってしまった。
確かに興味は惹かれる内容ではあるが、余り深入りすると、後に引けなくなる。が、恩は売りたいところだ。加減が難しい。
ひとまず、今日は『真維』を優先する事にしよう。
「そう言えば、憲人の能力反応の件もあったな」
『真維』のプログラムを書き始めたところで、譲はふと思い出した。
もしこのまま憲人の能力反応が高かった場合、憲人は何らかの特殊能力を有する事になる。幸いここは、ESPセクションだから、それ自体は問題無い。が、憲人の存在自体が問題だ。
ここ数日のメディカルチェックの結果、成長はほぼ止まっているようだった。まだ数日の事なので、はっきりとは言えないが。
となると、日再への登録も考えなくてはいけない。
どう理由を付けたら不自然でないか。
譲は考えながら、プログラムを入力していった。