16.研究部③
結局、その日はプログラムのバージョンアップを行うことになり、克己はそのまま解放された。リモートで譲と福本、白石がプログラムについて、手を加えている。
克己は研究部を出て、取りあえず客室へ向かった。研究員に案内を申し出られたが、忙しそうなので断り、聞いた情報と記憶を頼りに部屋を探す。まだ16時前だ。夕食には早いが、施設内を探検するには時間が少々少ない。
さほど迷わず到着した今回の部屋は、シングルだった。だが、ベッドは大きく、克己の身長でもゆったりできそうだ。
持ってきた荷物を置くと、克己はゲストキーだけ持って部屋を出た。
「さて、どうするかな」
時間を潰せる場所、または知り合い。
考えてみたが、克己は本部にはほとんど知り合いは居ない。唯一、知り合いと呼べて、突然訪ねても平気そうな人物と言えば――。
「譲の事は言えないな」
そう呟くと、克己は軍部の方へ足を向けた。
軍部のセクションに入ると、まず、陸海空と別れ、その先に共有の施設のブロックと、寮のような住居ブロックがある。
克己は陸軍の方へ歩いていくと、神崎の部屋の前で足を止めた。
チャイムを鳴らすと、数秒の間の後、部屋のドアが開いて、いつもの軍服姿の神崎が姿を見せた。
「お久しぶり!」
「久しぶりだな。今日はどうしたんだ? 譲なら来ていないぞ?」
「知ってる知ってる。今回は俺1人で来たからな。研究部との共同開発の件で」
「ああ。能力妨害装置の開発か」
「そう、それ! さすが神崎さん、情報が早い」
神崎は陸軍に居を構えては居るが、実際は軍部に所属している。が、アンテナは割と高く、情報には詳しい事が多い。本人は便利屋のようなものだと謙遜するが、それだけではないだろう。神崎の人柄によるものも大きい気がする。
「研究部に来たんだけど、今日は早めに解放されて、ちょっと暇になったからさ。また稽古をつけてもらえないかと思って」
克己が言うと、神崎は苦笑した。
「暇潰しがトレーニングとは、ワーカホリックだな」
「身体を動かすのが好きなだけだよ。仕事じゃなくて趣味」
「なら良いが。入ってちょっと待っていてくれ。支度をする」
「やった! Thanks、神崎さん」
克己は喜んで、神崎の部屋に入っていった。
翌日は、朝から実験だった。
昨日、あの後、プログラムは完成したらしく、今日使う能力はシールドと言うことになった。克己としても、ちょうどトレーニング中だったこともあり、願ったり叶ったりだった。
「それでは、ここにシールドを張ってもらえるかな?」
使う能力がシールドという、危険性が低い物なので、福本も白石も、コンソールルームではなく、実験室の内部でウィンドウを展開して計測するようだ。
「んじゃ、いくぜ?」
克己は福本に指定された位置に、モザイク型のシールドを作り出した。
集中していないと、隅が消えかける上に、すぐに面に戻ってしまうので、まだ完全に使いこなせていない克己は必死だ。
そして、昨日の譲のシールド可視化プログラムのお陰で、シールドが可視化されている。シールドの強度が高い部分は青色、低くなるに連れてグリーンになり、イエローはほぼシールドとしての役割は果たさない。
克己のシールドは、中央から1メートルくらいがブルーで、その外側はグリーンになり、イエローは薄く消えかけている。
その様子を、目視と数値解析で福本たちが記録する。
「数値解析に少々時間がかかりますので、そのままでお願いします」
「OK」
福本は簡単に言うが、克己にとってはなかなかの難題だ。というか、出力を一定に保つのは難しいのである。集中力を切らさないように、克己はシールドを見る。少しでも気が逸れると端にノイズが乗るので、分かり易い事この上ない。が、それは他の人間に取っても同じことだ。
「恥ずかしいマネはできねーよな」
これじゃ、通常のトレーニングと同じだと思いながら、克己はシールドを出し続けた。
その後、一旦分析という名の休憩を挟んで、今度は能力妨害装置を起動して、同じことが行われた。
今回は時間をかけて理論からやり直した成果が出たのか、かなり妨害装置が効いている。
克己はさっきと同じ出力でシールドを展開しているのに、中央から約30cmくらいまでがグリーンで、その外側はノイズが乗ったイエローにしかならない。
「すげーな」
克己が思わず呟くと、福本は眼鏡をクイッと上げて言った。
「いえ、まだまだです。至近距離で出力を最大にして、この程度の効果では、実戦には使えません」
「あー。確かに」
アメリカ連合軍の妨害装置はもっと範囲も広く、強度もあった。そう考えると、装置のすぐそばで、まだシールドが展開出来るのでは、とても実戦に投入出来るレベルではないだろう。
「ですが、この理論での設計の方が、以前の物より可能性は高いですね」
ショックを受けているかと思いきや、福本も白石も、淡々とデータを収集していた。
「このまま、出力を変えたデータを取っても?」
「OK」
克己は気合いを入れ直す。
研究部としては、特殊能力持ちが居る間に、取れるデータは全て取りたいところだろう。
その気持ちは克己にも分かるし、克己に取っても良いトレーニングにもなる。何より、真剣に能力妨害装置を開発している彼らに対して、自分に出来ることはなるべくしたかった。
ここにはESPセクションでのトレーニングとは違う、一体感があった。
やっぱみんなでする作業って良いな。
それが戦争の道具を作ることなのは複雑だが、使用するのは結局のところ人間なのだし。
なんとなく懐かしさを感じ、克己は小さく笑った。