15.研究部②
研究部のドアを開けるとそこは執務室である。白石は執務室に入ると、近くの職員に断りを入れ、パソコンを借りた。
「すまないね。なにぶんこの形式のコネクタがあるパソコンが限られていてね」
「ああ。今時珍しいですね」
「そうなんだよ」
職員にまで珍しがられ、興味津々で見られている。
白石はコネクタにメモリースティックを挿すと、呆れた顔をした。
「中身がかなり圧縮されているな。取りあえず、実験室の方にデータを送って、向こうで展開する事にするよ」
そう言うと、白石は圧縮されたデータを実験室の方へ送り、遠隔で解凍を始める。
すると、それを見ていた職員が感心したように言った。
「凄い圧縮率ですね、これ。どうやったらここまで圧縮できるのか……」
「教えてもらいたいくらいだよ。しかも、解凍に時間がかかるオマケ付きだ」
「これだけ圧縮されてると、そうでしょうね」
どうやら譲は、また規格外な事をしているらしい。コンピューターに詳しくない克己にもそれは分かった。
「端末ありがとう。おまたせ、克己君。実験室の方へ行こうか」
「OK」
2人は執務室を抜け、研究室が並ぶ廊下を歩き出した。
「さっきのデータって、解凍にどのくらいかかるんだ?」
「どうだろうね。譲君の事だから、そうかからないようにプログラムを組んでるとは思うが」
「内容は解凍しないと分からないよな?」
「その通りだね」
当然といえば当然である。
研究室の並ぶ廊下を抜けると、今度は実験室が並ぶエリアに到着する。白石は、第2実験室の扉を開けて、克己に言った。
「今回実験で使うのは第2実験室だ。これは日で変わらないから、明日以降もここになる」
「OK」
白石が扉を開けてくれているので、克己は中に入ると、そこには前回もお世話になった福本をはじめ、数人の研究員が居た。
「こんにちは、佐々木さん。今回も、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。俺は研究についてはからっきしだから、役に立つかは分からないけど」
「大丈夫ですよ。研究は私達の仕事です。佐々木さんには特殊能力をお願いします」
「それはもちろん。あ、でも俺の能力って、目に見える物って言うと、植物に干渉するくらいしかねーや。実験しにくいよな?」
「いえ、数値はこちらでも測定出来ますし、最終的には数値を比較するので特に問題はありませんよ」
福本はそう言ったが、一々数値を比較するのも面倒だろう。こういうとき、麻里奈の発火やるいざの雷電のような能力があれば、目で見てわかるのにと克己は思った。
と、その間ずっとウィンドウを見ていた職員が、驚きの声をあげた。
「これは……!」
「どうしました?」
「いえ、白石副主任が展開していたプログラムですが、シールドを可視化するプログラムです」
「本当ですか?」
「はい」
福本と白石が驚いた顔でプログラムを眺める。
「これは、そのまま使うことも出来るが、組み込めばもっと汎用性があるな」
白石はウィンドウを開いて、福本とどこに組み込むかを検討し始めてしまう。
1人おいてけぼりにされた克己は、そんな研究員たちの様子を見ながら、やっぱり凄いことなんじゃねーかと思っていた。譲がしれっとやってのけることの八割は凄いことと言っても過言ではない気がしてきた。
その頃、ESPセクションでは、解熱剤が効いて熱は落ち着いた憲人だったが、まだ意識不明の状態だった。栄養剤と水分の点滴をしているため、このままでも生きてはいけると分かっていても、それでもやっぱり、麻里奈は心配である。
「早く、目が覚めないかな~」
苦しそうな呼吸は幾分楽になったようで、今はよく寝ているようにしか見えない。
「ウイルスが落ち着けば目を覚ますだろ」
「それってどのくらい?」
点滴を追加していた譲に、麻里奈が聞く。と、意外な答えが返ってきた。
「今日明日には目を覚ますと思うぞ」
「え!?」
「それ以上高熱による意識不明が続いたら、普通は死亡するからな。統計上、若年層の死亡率は低い。と言うことは、そろそろ意識は戻る可能性が高いって事だ」
「そっか。そうなんだ」
「まあ、確率論だけどな」
「確率論でも、いつまで続くか全く分からないより心強いわ。ありがとう、譲」
「どーいたしまして」
先の見えない看病に疲れていた麻里奈だったが、譲の言葉を聞いて、俄然やる気を出した。
「それじゃ、俺はコンピュータールームに居るから。何かあったら呼んでくれ」
「はーい。って、またコンピュータールーム? 最近多いわね」
「今日は、そろそろ克己が向こうに着いた頃だからな。念のためだ」
「ああそっか。本部に行ったのよね」
「そーいうことだ」
そう言うと、譲は麻里奈の部屋を出てコンピュータールームへと向かった。
克己に持たせたデータの内容が分からないほど、日再の研究部の質は低くないとは思っているが、組み込む場合、少しは質問が来ると考えていた。その場合、コンピュータールームにいるのが一番対応しやすいのだ。
譲はコンピュータールームに入ると、いつも通り、ウィンドウを一気に立ち上げた。
その頃るいざは、麻里奈に頼まれて農場へお使いに行っていた。毎日の作業がいくつかあるらしい。一応、ジョンがやってくれているハズだが、確認はしたいらしかった。
るいざも今日は、食事の片付けをしたら暇だったので、二つ返事で了承した。
ジョンは農場の中央にある農家の外で、作業をしていた。
「こんにちは」
『やあ! るいざ。今日はどうしたんだい?』
「麻里奈が、農作業の確認をしたいって言うから、代理で来たの」
『麻里奈は忙しいのかい?』
「ええ。ちょっと手が放せなくて」
『そうか。一応、日誌はこれだ。それから、農産物については、一通り問題無い。上の研究施設については、ソフィアが維持をしてくれているが、こっちも問題無いよ』
「問題無いなら良かったわ」
『問題といえば、マリアがクッキーを焼きすぎて、困っていた事くらいかな』
そう言うジョンに、るいざは思わず笑った。
麻里奈がいつも3時のおやつをしているから、その準備をしてしまったのだろう。
「それじゃ、帰りに貰っていこうかしら」
『そうしておくれ』
クッキーならすぐに傷んだりはしない。それに、麻里奈に差し入れしたら喜ぶだろう。
るいざは鼻歌を歌いながら、家の中にお邪魔した。