13.看病
憲人が熱を出してから丸一日が経って、そろそろ昼だ。
「まだ熱が高いなあ……」
麻里奈は呟くと、ポタポタ落ちている点滴を見た。譲によると、この点滴は、特殊ウイルスに効くものではなく、栄養剤と水分だという。未だ、特殊ウイルスに対する抗体や治療薬は出来ていないのだ。
「せめて解熱剤をって、ダメなのかなあ?」
熱は、特殊ウイルスと体内の細胞が闘っている証だ。けれど、あまり高いと不安になる。
一応、当初の40℃台からは幾分下がって、今は39℃ちょうどくらいだが、まだ意識も戻らないし、麻里奈は心配でたまらない。
その時、部屋にノックの音が響いた。
「麻里奈、ご飯を、持ってきたわよ。憲人はどう?」
「特に変化は無いわ」
「そう……。心配ね」
「うん」
麻里奈もいつもの元気は無く、しょんぼりしている。
「看病している麻里奈まで倒れたら大変よ。ご飯はちゃんと食べてね」
「あんまり食欲無いわ」
「でも食べなきゃダメよ。憲人が意識が戻ったときに、麻里奈がやつれてたら、憲人が心配するでしょ?」
「そうね。食べなきゃね」
麻里奈は部屋に出していた折り畳み机に食事のトレイを置くと、手を合わせてから食べ始めた。
るいざは近くにあった椅子を引き寄せ、それに座る。
「そう言えば、克己が明日からお出掛けする事になったわ」
「本部?」
「そう。研究部の能力妨害装置の件で」
「ああ。そんなのもあったわね」
麻里奈の中では、もう忘れかけていた記憶だったようだ。
「って、まさか譲も?」
麻里奈が慌てて聞くと、るいざは緑茶を注ぎながら答えた。
「譲は憲人の事とか色々あって、今回は行かないって」
「それなら良かったわ。今1人にされたら、どうして良いか途方に暮れちゃうもの」
そう言って、麻里奈は憲人を見た。
荒い呼吸で苦しそうに寝ている姿は、母親としては心が痛い。
「代われるものなら代わってあげたいって、こんな気持ちなのね」
そう言った麻里奈に、るいざも憲人を見る。
が、るいざはやっぱり、憲人に対してそこまでの気持ちを持てない。心配ではあるが、それだけだ。どちらかというと、看病している麻里奈の方が心配まである。
やっぱり薄情なのかしら。
そう思いつつ、るいざは麻里奈に緑茶を差し出した。
「ありがとう」
「どういたしまして。生活面のバックアップは、私がするから、麻里奈は憲人の看病を頑張って」
「うん。るいざ、本当にありがとう」
麻里奈は出された食事をすべて平らげると、少し元気が出たようだった。
「お腹が空くとダメね。考えが暗くなっちゃうわ」
「それはあるわね。やっぱりちゃんと食べないとね」
るいざは食器を重ねると、部屋を出る。今は憲人の部屋も麻里奈の部屋も開けっ放しだ。
「また夜に、夕ご飯を持ってくるわね」
「ありがとう」
るいざの背中にお礼を言うと、麻里奈はウィンドウを開いて譲を呼んだ。
『どうした? 容態に変化でもあったか?』
「ううん。特には無いんだけど、まだ熱が高いのよ。解熱剤って、使っちゃダメなのかなって」
そう言うと、譲は少し考えてから言った。
『なるべくなら使わない方が良いが、今の体温なら使うのもアリかもしれないな。ただ、確実に下がるかは分からないが』
「解熱剤なのに?」
『特殊ウイルスは分かってないことの方が多いんだ。なるべく副作用が無さそうなのを見繕って、持って行く』
「うん。お願いね」
通話を切ると、麻里奈はまた、憲人の隣の椅子に座った。乾いたタオルで汗を拭うと、パジャマが湿っているのに気付く。
「ついでに譲に着替えさせて貰おうかな」
譲が聞いたら、面倒くさいと一蹴しそうな事を言って、麻里奈は憲人のタンスを開いた。