17.能力妨害装置
「能力妨害装置……?」
克己が不審気に問う。すると白石は、愉しそうに笑う。
「その名の通り、君達の特殊能力を使用不可能にする装置さ。能力さえなければ、君達は普通の人間と同じだ」
そう言うと、白石は譲たちの方へとゆっくり歩いてくる。
「そもそも、退去命令のタイミングが不自然なんだよ」
「不自然って?」
今度はるいざが聞く。
「不自然だろう? 君達が来たときには、基地は既に稼働していた。つまり、その時点でシステムは完成していたんだ。僕達の手によってね」
言われてみればその通りだ。譲は退去理由にこの施設のシステムが完成したと言った。だが、それ以前から不自由無く基地は使用出来ている。
「……」
譲は無言のままだ。
それに気を良くしたのか、白石が譲の前に立ち言った。
「君はこの施設を私物化しようとしているんだろう? 君が設計図に記載されていない工事をしていることも、関係のないプログラムを走らせていることも確認済みだ」
そう言い、譲の髪を掴む。
「大方、日再に恨みを持つ神崎にそそのかされたんだろう? 今ならそう言う事にしても構わないが?」
白石は今度は神崎を見る。神崎は険しい顔をして、白石と睨み合う。
「特殊能力課を我が物として使い、日再を我が物にしようとしている反逆者にはなりたくないだろう?」
顔を近付けて囁くように言う白石に、無表情のまま、譲は問うた。
「アンタの目的はなんだ?」
「君達にここは任せておけない」
「つまり?」
「特殊能力課の全権だ」
白石は譲の髪を荒々しく離すと、研究員の1人に合図をする。
と、ウィンドウがいくつか開き、何かのログや行動履歴、監視カメラの映像が映し出される。
「証拠は揃っている。工事が遅れた事故は、事故に見せかけた犯行だ。そして、それを行ったのは君達だという証拠がね」
「どういう事!?」
キュイン!
「きゃあっ!?」
思わず動きかけた麻里奈の足元に、銃弾が撃ち込まれる。
「動かない方が良い。君達は袋のネズミだ」
白石は再びスクリーンへ向かい歩き出す。
「反逆を企てた君達を、未然に防いだ僕が特殊能力課を率い、そして慈悲をかけ君達を支配する」
元居た場所に戻った白石は、くるりと振り向き愉快そうに笑った。
「良い筋書きだろう? 特殊能力を持った君達のような実験動物に慈悲をかけるんだ。ありがたい申し出だろう?」
白石の笑い声が広い室内に響き渡る。
その不快感に、思わず克己が飛びかかろうとした瞬間、譲が口を開いた。
「成る程ね。思ったより陳腐だったな」
「…………何だと?」
既に勝ちを確信している白石のコメカミに、青筋が浮いた。
「元々、特殊能力課はアンタがボスで、この基地もアンタのモノになるハズだった事は知っている。そして、俺の存在が邪魔な事もな」
「その通りだ! ここを足掛かりに僕は日本再興機関のトップへ立つハズだったんだ!」
叫ぶように言った白石は、再び笑みを浮かべる。
「まあ良い。どちらにせよ、これで終わりだ。力が使えない君に逆らう術は無い」
サッと白石が手を上げ、射撃の合図をした瞬間、それは起きた。いや、現れたという方が正しいか――。
『それはどうかしらね』
鈴の鳴るような声と共に、白石と譲の真ん中の空間に、ふわりと透けている少女が現れたのだ。
思わず全員が気を取られたその時、部屋の数カ所に備え付けられていた能力妨害装置が爆発する。
「な、何が起こっている!?」
白石の言葉に譲が呆れたように言う。
「こんなチャチなモノで、俺が抑えられると思われるとは心外だな」
『証拠も書き換えが雑だわ』
浮かんでいた少女が、譲の隣に舞い降りる。
その姿は実体と言っても過言ではないくらい、人間そのもの。
その少女を見て、神崎が譲に聞いた。
「この少女が、そうなのか?」
「ああ」
譲が頷いて続けた。
「この施設全てを統べるシステム、『真維』だ」
その紹介に、彼女は克己たちの方を向いて鮮やかなカーテシーをした。
『初めまして。真維です。これから譲共々よろしくお願いします』
思わずつられて克己たちも頭を下げる。
と、白石が呆然と呟いた。
「システム……だと?」
「その通り。真維、早速現行システムの書き換えと掌握、グラフィックの起動を頼む」
『わかったわ』
その瞬間、立ち上がっているウィンドウ全てに物凄い早さでログが流れ、コンピュータールームの壁は、広々とした緑あふれるグラフィックが映し出される。
端末を操作していた研究員が慌ててウィンドウに触れようとするが、腕が通り抜けるばかりで操作など出来ない。
「白石さん! システム掌握されました!」
「見てないで取り戻せ!」
「出来ません!」
「クソッ!」
白石は物理的手段に出ようと、銃を持った軍服を見たが、こんなに大きな隙を逃すわけがない。神崎と譲によって、全員が気絶させられていて、時すでに遅しだ。
かくなる上はと、白石が急に走り出した。
「白石さん!?」
「ど、どこへ!?」
「逃げるんだよ!」
コンピュータールームには脱出口がある。そこに向かい、部下を捨て置き逃げようとする白石。だが、現実は無情だった。
「なっ!? なぜ開かない!?」
「そこは既に真維の支配下だ。開くわけが無いだろ……」
呆れたように言って、譲は鮮やかな回し蹴りで、白石を地面へと沈めたのだった。
口笛を吹いて克己が感心する。
「暇なら拘束するのを手伝え」
「へいへい」
譲に言われて、克己も神崎から縄を貰い犯人を拘束していく。
研究員は既に負けを認めて大人しく従ってくれたので、腕を拘束するだけに留めた。
「後はコイツ等を日再に引き渡せば一件落着だ」
譲がやっと終わったとばかりに肩の力を抜く。
『それじゃ、施設内の制御を始めるわね』
「頼む」
譲の隣に居た少女が、ぱっとエフェクトを出して消えた。
それを見ていた麻里奈が、やっとのことで疑問を口に出した。
「いったい、なにがどうなってるの……?」
「ああ、さっきの女の子は『真維』っていう、この施設のメインコンピューターだ」
譲が説明する。
「やっとシステムが完成したんだ。それで、他のメンバーが居なくてもこの施設を運用出来るようになったってワケ」
「能力妨害装置が爆発したのは何でだ?お前がやったんだろ?」
「それは単純に、制御する力より俺のPKの方が強かったからだ。あの程度の出力なら何の影響も無い」
「あっそ」
心配し損のような気になって、克己が半目になる。
それに苦笑して、譲は言った。
「まぁ、深夜にお疲れさん。先に部屋に戻っていて良いぞ。もう問題は無いからな」
「りょーかい」
見れば、既にるいざが眠りに落ちかけている。
克己はるいざを背中に背負うと、麻里奈と部屋を出ようとした。
そこで譲が思い出したように言った。
「真維が張り切ってグラフィックを創っていたから、風景も見ながら戻ると良い。暗いから気を付けてな」
「は?」
その言葉の意味は直ぐに解った。
今までは時間関係なく煌々と付いていた照明だが、今は廊下の天井には夜空が映し出され、道の両脇は木々が立ち並んでいる。
中央回廊も照明が控えられ、真ん中に植えられた木がライトアップされているし、住居ブロックに至っては、どこの国に迷い込んだのかと思うほどに変化していて、地図を見る羽目になったのだ。
「アイツが言ってた様変わりってこれか……」
「変わりすぎでしょ……」
暗い中でも解る緑と石造りの家。
明るくなれば更に驚くことが待っているのかもしれないと思うと、克己は胸の高鳴りを感じた。
翌日、変わり果てた施設内に職員は大騒ぎだった。中にはもっとここに居たいという希望者も居たが、概ね予定通りの退去となった。
白石たちの身柄はあの後直ぐに日再へと引き渡され、皆バタついていたこともあり、特に問題になることはなかった。
最後に神崎が、日再の所有車に乗り込むと、譲が声をかけた。
「色々と世話になったな。助かった」
「これが俺の仕事だからな。気にするな。それより、本部に来たときには顔を見せろよ」
「了解。それじゃ、また」
「おう。こんな時勢だが元気でな」
見送りに出た4人に手を振り、車が発進していく。
車を見送り、ゲートが閉じたことを確認して4人は中央回廊へと戻り始めた。
先を歩く麻里奈が、お腹が空いたと言い、るいざが何を作ろうかリクエストを聞いている。その様子を眺めながら、克己は譲に話し掛けた。
「神崎さんはよかったのか?」
「何が?」
「恋人っつーか、親しいんだろ?」
「親しいが、恋人じゃない」
「どういう関係なんだ?」
「個人的に護身術を教わったりしていたな。それだけじゃ無いが」
「ふーん」
「まぁ、色々だ」
「色々ね」
と、中央回廊のエレベーターで麻里奈が、手を振る。
「早く来ないと置いてっちゃうわよ!」
「ちょっと待てって!」
この施設に来たときは薄暗い丸い空間だった場所は、真維の能力で天井は空に、下は草が生い茂り何処までも続いていると錯覚させるような広場になっていた。
これから何が起こるのか、どうなるかは全くわからない。それでも、なんとかするしかないし、4人ならばきっとどうにかなるだろう。
「さぁ、これからが本当の始まりだ」
譲は呟いて、3人へ向かい足を踏み出した。
今回で第1章終了です。
次回は、第2章が始まります!