11.3人の朝食
「そう。憲人はウイルスの影響だったのね」
るいざが、魚のフライを食べながら言った。
「ああ。意識が無いのが気にかかるが、まだかかったばかりだろうからな」
「ウイルスの影響も、個人差があるものね」
ちなみにるいざは重い方で、憲人と同じく高熱を出した上、3日ほど意識不明になり、脱水症状も起こし、かなり危険な状態だった。
一方克己はと言うと、なんか熱っぽいなと思い熱を計ったら、39℃を突破していたが、意識も食欲もあり、わりと元気だった。
「譲はウイルスにかかったときはどうだったんだ?」
克己がポテトを三本纏めて口に運びながら聞く。今日の朝食は、フィッシュアンドチップスがメインで、コールスローサラダに、パンケーキ、枝豆のポタージュである。
譲はナイフとフォークを使いながら、魚を食べた。
「俺は一週間くらい高熱が出たが、一応自力で動けたから何とかなったな。と言っても、ほぼ寝ていたが」
「その頃はどこにいたの?」
るいざが聞くと、譲は魚に塩を振りながら答えた。
「その頃はイギリスだな。向こうのシェルターに入っていた」
「そうなのか。じゃ、その後日本に?」
「ああ。日本の自衛隊が、日再を作るにあたって、スカウトに来た」
「前もちらっと聞いたけど、それってすげーよな。まだ放射能がすごかった時だろ? なのに、譲を探し出してスカウトって、よっぽどだよな」
「そうね。よっぽどよね」
るいざと克己が感心したように言うが、譲は淡々と食事を食べ進める。
「ネットワークは寸断されてなかったからな。それに、俺の居場所を自衛隊は把握していたんだ。そう難しい事じゃない」
克己は今度は魚にかぶりつきながら、言った。
「けど、能力者として探し出して、スカウトしてきたんだろ? なんで日再は譲が能力者で、使いこなしてるのを知っていたんだ?」
「……さあな」
譲はそう答えたが、るいざも首を傾げた。
「そうよね。能力者の育成が目的で、その指導者として雇われたんでしょ? まあ、IT関係もだけど。ちょっと、タイミングが早すぎるし、不思議よね」
「その辺の事情は俺は知らん。それに、日再にも知っている人間が居るかどうか、そろそろ怪しくなってきたな」
「あー。年齢的なヤツね」
克己が新しい魚を取り皿に取って、タルタルソースをかける。
特殊ウイルスにより、30歳以上の生存率は著しく低い。そのことから、過去を知る者がどんどん減っていくのは仕方ないとは言え、不自由でもある。
「神崎さんあたりに聞けば、知ってたりしないか?」
克己が良いアイデアだとばかりに言うが、譲に却下された。
「あの人は元は陸軍の軍人だったんだ。人事にはノータッチだ」
「そりゃ残念」
取り付くしまもない譲に、克己が不満そうに言った。
「お前は気にならないのか? その辺の日再の思惑が」
「どうでもいい」
「ああそう……」
譲にその気が無いのなら、聞いても無駄である。克己は諦めて、フィッシュアンドチップスに改めて向かう。
と、ポタージュを飲んでいたるいざが、譲に聞いた。
「それで、憲人は食事は無理そうなのよね?」
「ああ。無理だな」
「そっか。じゃあ、麻里奈の分だけ、後で届ければ良いかしら?」
「いーんじゃね?」
克己がモグモグと口を動かしながら、そう言う。
「じゃ、食べたら麻里奈に食事を届けるわ」
「俺も行くよ。持ってくって約束したし」
「そうなのね」
るいざは食事の手を止めると、少し俯いた。
「麻里奈、心配してるでしょうね」
「メッチャ、テンパってたしな」
「むしろ今まで何もなかったのが奇跡みたいなもんだ」
譲が当然の事のように言った。
「それもそうよね。子どもは、良く風邪引いたり熱だしたりするのに、憲人は何も無かったものね」
「反抗期らしい反抗期も無かったしな」
「手がかからなくて良い」
「それはそうなんだけどね」
譲の言い草に、るいざが苦笑する。
「でも、無事だと良いんだけど」
「大丈夫だろ」
心配するるいざに、克己が言う。
「そんな簡単に」
「いや、だってさ、ここほど医療設備が整ってる所もないし、点滴もあるし、譲も居るし、何とかなるって」
「俺はカウントするな」
譲が訂正する。
が、克己もるいざもそれをスルーして、言った。
「そうよね。何とかなるわよね」
「憲人は体力もあるしな」
「そうよね。じゃあ、私は私に出来ることをしなきゃね」
るいざの言葉に、譲が聞いた。
「何をするんだ?」
「麻里奈が心置きなく看病できるように、ご飯の支度とか!」
「成る程」
看病はしている方も辛いが、バックアップがあるのと無いのとでは、辛さが全然違う。おそらく、るいざのバックアップは、麻里奈には心強いものだろう。
譲はコーヒーを飲むと、デザートのパンケーキを取り皿に乗せ、アイスとホイップ、それにハチミツをかけて食べ始めた。