9.交渉
克己が医務室に行くと、すでに譲はウィンドウをいくつか開いて作業をしていた。
「おーい。来たぞ」
「見れば解る。先にメディカルチェックするから、そこに立ってくれ」
譲が示した円形の器具の中に立つと、輪っかが上まで上がり、そして下がった。
「OK。治療するから処置台に横になってくれ」
「はいよ。傷はどんな感じなんだ?」
「ちょっと待て。今、分析が――ああ、出た。深い傷以外は一応塞がっているな。深い傷は中がまだだ。とりあえず治癒を先にかけてから、傷口を清潔にして、シートを貼り替える」
「OK。脱いだほうがいいか?」
「ああ」
克己は下着以外を脱ぐと、処置台に横になる。譲はアルコール綿を用意して、静かにシートをはがしていく。
この傷口シートは、傷口を固定しつつ、塞ぐ効果があり、剥がれにくく皮膚の動きについてくる優れものだ。そのかわり、剥がすときには気を付けないと、傷口を引っ張って開く事もある。
「左の頬の傷の治りが悪いな」
頬のシートを外すために、譲が克己の顔に顔をよせる。治療以外の意味はないと解っていても、これだけキレイな顔が近くにあると落ち着かない。
つか、睫毛なげー。瞳もデケーし。鼻筋も通ってて、唇も形が良くて赤味があるし、頬も桜色で血色も良いな。
てゆーか、不思議な色の瞳だな。
今はウイルスによって、能力者になったときに、髪や瞳の色が変わることも稀ではないが、この色は天然なのだろうか?
ぱっと見、茶色に見えて、でもよく見ると赤紫色の瞳。
「これは天然だな」
「心を読むなよ」
シートを剥がした譲は、一度上体を起こし、克己の頬の傷に手をかざす。
じんわりと頬の辺りが暖かくなる。
「近かったから聞こえたんだ。俺は髪も瞳も色は変わっていない。昔からこの色だ」
「へー。珍しいな」
「変化するかどうかは、半々くらいの確率だしな」
「いや、そうじゃなくて、その瞳の色がさ」
「ああ、これか」
少し嫌そうに言った譲に、克己は聞いた。
「もしかして、それもメガネをかけてる理由の1つか?」
「……それも無い訳じゃ無いが、普通に視力が悪いからかけているんだ」
「でも透視で視力は補えるんだろ?」
「それを防ぐ意味もある」
「見えすぎるってか」
「気を付けないと、無意識に能力を使ってしまうからな」
「へえ」
まだ、克己はその域までは達していない。
「お前くらい自然に能力を使えたら、もっと強くなれるかな?」
「それとこれとは別だろ」
譲はそう言うと、克己の頬から手を離して、前回とは違うシートを貼り付けた。
「顔の筋肉は良く動く。特にお前は表情が良く動く分、左の深い部分が治りにくい。今、一時的に繋いだから、一時間くらいはなるべく動かさないようにしろ」
「善処する」
早速、苦笑しそうになって、慌てて克己は表情を動かさないようにする。
譲は椅子を動かすと、克己の身体のシートに取り掛かる。身体自体の傷は大したことが無かったため、ほとんどもう塞がってる。残っているのは脇腹と手と足の傷だ。
シートを慎重に取り、アルコール綿で血を拭き取り、傷口が閉じているのを確認し、内部の傷に良く効くシートを貼り付ける。
「右の太ももと、左の脇腹、それから両手の傷はまだ完全じゃないから、扱いには気を付けろ」
「どの程度気を付ければ良い?」
「日常生活は問題ない。運動はNGだ。出来れば大人しくしている方が、治りは早くなる」
「そっか。ならしばらくは大人しくしとくか」
「そうしろ。1日2日の話だしな」
「おう」
「もう服を着て良いぞ」
「Thanks」
克己はゆっくり身体を起こすと、服を着た。
そして、ウィンドウに向かって何やら作業をしている譲に言った。
「なあ。アメリカ連合軍のことなんだけど――」
「却下だ」
「まだ終わりまで言ってないんだけど!?」
「聞かなくても解る。この先も戦闘に参加したいとでも言うんだろ?」
「う……。そうだけどさ」
譲は克己の方を見ないまま、作業を続けている。
「でもさ、弟の目的は、多分俺なんだよ」
「なぜ、そう思うんだ?」
「以前、病院にアメリカ連合軍が攻めてきた事件があったって言ったろ?」
「ああ」
克己は処置台に座ると、譲の見てるウィンドウを何の気なしに眺める。
「その時、言ってたんだ。『殺したい相手だ』って。『お前が俺達を見捨てたせいで、俺達が味わった苦痛に比べれば』とも」
「……それは物騒だな」
「多分、俺が居なかった事で、何かあったんだと思う。それでなくても、両親が死んだ原因を作ったのは俺みたいなものだしな」
「……」
克己の過去に何があったかは、譲には分からない。知りたいとも思わない。だが、話すと言うことは何か言いたい事があるのだろう。
「だから、弟の本当の目的は俺だろうし、それに、俺も何があったか知りたいんだ」
「……だから、アメリカ連合軍戦に参加させろって?」
「ああ。頼む」
「断る」
譲は間髪入れずに答えた。
「何でだ!?」
「あのな、そんな私情で動く人間を戦力として連れては行けないし、もし本当にお前の弟の目的がお前なら、尚更そんなお膳立てをしてやる義理は無いだろ」
「それは……そうだけど」
「話がしたいのは解るが、してどうする? お前は向こうのスカウトでも期待しているのか?」
「それはない!」
万が一、叶にアメリカ連合軍へ勧誘されたとしても断る自信がある。
が、譲は淡々と言った。
「敵対する覚悟が、お前には足りていない」
じっと克己の目を見て、譲は言う。
「俺たちがしているのは戦争だ。そこには、親も兄弟も関係ない。そして、足手纏いも必要無い」
「……」
正論過ぎて、克己は何も言えない。
「会話する機会が欲しいなら、捕虜として捕まえるよう善処はする。が、それ以上の譲歩は無理だ」
多分、これは譲なりの最大限の譲歩だろう。
それは克己にも解る。
けれど、飲み込めはしない。
克己は悔しさに、拳をキツく握り締めた。