6.ぜいたくな余暇
その日は1日、オフということになり、克己の昼食は麻里奈が、夕食は憲人が、部屋に運んだ。譲は一切、克己の部屋に立ち寄らず、薬はるいざに任せるという徹底ぶりだ。
一応るいざから、会っても平気そうだとは聞いたが、特に顔を見たい用事があるわけでもないので、面倒な事は他人に任せるいつものスタンスである。
半ば呆れながら、夕食の片付けをるいざがしていると、譲が医務室から戻ってきた。
「るいざ、コーヒー。ミルク多めで」
「はいはい。眠れなくなるわよ?」
カウンター越しに言われ、るいざは洗い物をする手を止めて、コーヒーサーバーからマグカップへとコーヒーを淹れる。
「カフェインは効かないから平気だ」
「それはそれで不便そうよね」
コーヒーの飲み方にも好みが出るが、譲は砂糖無しでミルクとコーヒーが半々のコーヒー牛乳が好きらしい。ちなみにるいざは面倒なので、ブラックで飲むことが多い。
「コーヒーはともかく、無水カフェインも効かないのは少し不便だな」
「あれも効かないんだ……」
余程カフェインに慣れているのか、それとも体質なのか。なんにしてもそれは不便だろう。
と、譲が持ってきた薬をカウンターに置いた。
「夕食後の分と、寝る前の分」
「点滴はもう良いの?」
「ああ。余り使いすぎると良くないからな。克己の様子はどうだ?」
るいざは洗い物を再開しながら言う。
「容態で言うなら、安定してるし大人しくしてるわよ。たまにはのんびりすることにしたみたいで、映画を見たりしてるわ」
「それはぜいたくな余暇の過ごし方だな」
「でも、理想的でしょ?」
「まあな」
「傷は見てないから分からないけど、痛んだりはしてないみたいで、トイレもお風呂も不自由無いみたい」
「そうか。なら明日、一度シートを貼り替えるくらいで良さそうだな」
「貼り替えるの?」
普段は傷口にシートを貼ったら、治るまではそのままだ。
「傷が深かったからな。効果が切れたら貼り替えないと。効果も無いのにずっと貼りっぱなしにしてたら、下手したら傷口が膿んでくる」
「うわあ……」
想像したくない状態だ。
「まあ、化膿止めや抗生物質は飲んでるから平気だろうがな」
「脅かさないでよ」
るいざが譲を軽く睨むが、譲は気にした様子も無く、言った。
「明日はもう、部屋で安静にしていなくてもいいぞ。だからといって、いつもの運動はまだダメだが」
「わかったわ。伝えとく」
「それじゃ、俺はコンピュータールームへ行くから」
「いってらっしゃい」
創平が居なくなったというのに、譲はコンピュータールームに入り浸っている気がする。また何か、真維のバージョンアップをしているのか、それとも他に何か作業をしているのかは、るいざには分からない。
「よしっと」
洗い物を終え、一旦水切りかごに食器を入れる。拭いたりしまったりは、水が切れてからだ。その間に、克己に薬を届けようと、るいざはキッチンを出た。
「克己、起きてる?」
「起きてるよ」
部屋が暗かったので、るいざが声をかけると、しっかりした声が返ってきた。
「映画を天井に映しててさ」
そう言って、克己は部屋の電気をつけた。もう、起きあがったりするのは平気らしい。やっぱり能力者の回復は早い。
「薬、持ってきたわよ」
「Thanks」
克己がベッドのサイドボードから水を取り、薬を飲む。
「あと、こっちは寝る前だって」
「OK」
るいざに渡された薬を、克己は水と一緒にサイドボードへと置く。
「具合はどう?」
るいざがベッドの横に置かれた椅子に座って聞くと、克己はニッと笑った。
「かなり良いよ。もう表面上はくっついてる感じ。まあ、まだ中までは完全にくっついて無いんだろうけど」
そう言う克己の頬にも傷があり、シートが貼ってある。パッと見ただけでは、血が付いていて、傷が塞がっているのかはわからない。しかし、本人がそう言うのだから、多分大丈夫なのだろう。
「今回は、病院の時ほど酷くなくて安心したわ」
るいざがしみじみと言うと、克己は腕に貼られたシートに触れながら言った。
「酷さも、前よりはマシだったんだろうけど、でも医療技術と資材の差って気がするな」
「ああ。それは確かにあるかも」
るいざも多少傷を負ったが、傷口シートのおかげでもうほとんど完治している。医療は手当てする人間の技術も大事だが、資材も重要だ。
「やっぱ、譲は腕が良いんだろうな」
「そうね」
克己の深い傷は、中は縫ってあると言っていた。表面は傷が残りにくいように、傷口シートで仕上げてあるが、それにしたって、治癒能力で一旦キレイに塞いだ上で、念の為にシートを貼っている感じだ。
「治癒って便利よね」
るいざが言うと、克己も頷いた。
「便利だよな。でも、怖そうだな」
「怖いって?」
「際限なく、味方に搾り取られそうで」
「ああ」
怪我や病気が無くなることは無い。それにいちいち治癒能力を使っていたら、能力者の方がまいってしまう。
「そう考えると、譲が治癒能力を使ってくれるのは、有り難いことなのね」
「信頼してくれてるって事なんだろうな」
克己は天井を見ながら、何か考えているようだった。
しばらく沈黙が続き、るいざはそろそろ戻ろうかと思ったとき、克己が口を開いた。
「なあ、るい」
「なあに?」
「もし、もしさ、るいに兄弟が居たとして、敵方にその兄弟が居たらどうする?」
「それで、何か敵視されていたらってこと?」
「ああ」
「そうね……」
るいざには兄弟は居ない。だから、はじめがもし、敵方に居て、るいざを敵対視していたらと想像してみる。
「辛いわね」
聞かれた事に対する答えでは無くなってしまったが、克己は頷いた。
「だな」
「上手く想像できないけど、何とかして話したいと思うわね」
「やっぱ、そうだよな」
克己はベッドに転がったまま、天井を見てそう答えた。
「そのためには、譲に交渉しないとな」
「かなり難しそうね」
「譲に交渉するのが?」
「それもだし、あの弟さんと話をするって言うのも」
「聞く耳持たずだもんなー」
克己が小さく笑った。
「前途多難だな」