5.朝食
翌朝、麻里奈と憲人がテラスに来ると、既に朝食の準備を終えていたるいざが、1人でぼんやり座っていた。
「るいざ? どうしたの? 大丈夫?」
「あ、おはよう。大丈夫って何が?」
「なんだかぼんやりしてたみたいだから」
そう言うと、麻里奈と憲人は手を洗って席に着く。
「朝食の準備も早いし、何かあった?」
「朝食の準備が早かったのは、克己の部屋に持って行く分を別に用意しないとと思ってたら、早くできちゃっただけよ」
「克己、大丈夫なの?」
憲人が心配そうに聞くと、るいざは笑って答えた。
「傷は大丈夫よ。今日1日くらいは念のため、安静にしてた方が良いと思うけど、もう1人でトイレも行けるし、自分の部屋に戻ってるわ」
「そうなんだ。それなら安心だね」
憲人はホッとしたように言う。すると、麻里奈が首を傾げた。
「じゃあ、るいざは何を心配してるの?」
「うーん……。それがね、任務の報告の事で、克己と譲がケンカになっちゃって」
「あの2人が?」
憲人は驚いたが、麻里奈は驚きもせずに言った。
「でもそれ、わりといつものことじゃない? 最近は確かに減ったけど、前はしょっちゅうケンカしてたじゃない」
麻里奈の言葉にるいざも頷く。確かに以前は、克己と譲は良く言い争いをしていた。だが――。
「今回はいつもとはちょっと違うのよね」
「って言うと?」
るいざが、自分の口から言って良いものか悩んだそのとき、後ろから譲が言った。
「俺が特殊能力を使って、無理矢理克己から任務の報告を、聞き出したんだ」
「譲!?」
慌ててるいざが振り向くと、譲は普段通り、いつもの席に座ってコーヒーの入ったマグカップを持ち上げた。
「特殊能力? それってこの間創平ちゃんが言ってたテンプテーションとかってヤツ?」
「正確には、テンプテーションと催眠術みたいなヤツと、暗示の複合だけどな」
「相変わらず、能力の使い方が上手いわね」
思わず麻里奈もるいざも感心してしまう。
「でも、どうしてそんな事になったの?」
普通に報告を聞くだけなら、能力を使う必要は無い。事情を知らない麻里奈は、取り皿を手元に用意しながら譲に聞く。
と、譲は何でもないことのように言った。
「克己が、敵軍に身内が居るのを黙っていたからだ」
「ちょっと、譲!?」
「身内!?」
るいざと麻里奈と憲人が驚く。
るいざは、その事を言って良いのかという点で、麻里奈と憲人は身内が居たという点でだ。
「譲、それ言って平気なの……?」
るいざが譲に聞くと、譲はトーストにバターを塗りながら言った。
「克己は言われたく無いだろうが、言わざるを得ないだろ」
「え、どうして?」
麻里奈が聞くと、譲はトーストにかぶりつきながら言った。
「今後、アメリカ連合軍絡みの任務からは、克己を外す。敵に身内が居る人間は連れていけない」
「ああ、そっか。そうだよね」
麻里奈は納得して呟いた。
「と、いう訳だから、言わずに済む問題じゃないんだ」
譲がるいざにそう言うが、るいざは納得出来ないようで、小さく言った。
「でも、克己の意思も無視して言うのはどうかと思う」
「意思を尊重してたら、克己は絶対言わないだろ」
「それは、……そうだけど」
「これは課長としての判断だ。話したことの責任は俺が取る」
そう言って話を終わらせた譲に、憲人が聞いた。
「もしかして、それでケンカ?」
「そういうことだ」
譲はアッサリ認めて、ウインナーとスクランブルエッグを取り皿に取る。そのあまりに普段通りの様子に、憲人は面食らってしまう。
「ケンカしたのに、譲、普段通りすぎない?」
「ケンカと言っても、あっちが一方的に怒ってるだけだしな」
「でも、話を聞いてると、悪いのはどちらかというと譲のような?」
「その通りだな」
「認めるのね……」
麻里奈が思わず突っ込む。
「俺が手段を選ばないのなんか、今更だろ。それに、立場上仕方ない部分もある。良い悪いなんて細かいことにこだわってられるか」
「いや、そこはこだわろうよ」
思わず憲人も突っ込む。
が、譲はどこ吹く風で、コーヒーを飲んだ。
「こだわってたら、今、俺はここに居ないな」
「え……」
譲の言葉に、思わず憲人が絶句する。
と、俯いていたるいざが、キッと譲を見た。
「このこと、克己に言うからね!?」
「ああ。かまわない」
るいざに睨まれても全く気にした様子もなく、譲は言った。
「それで、るいざ。食事が終わったら医務室に来てくれ」
「行かないって言ったら!?」
半ば勢いでるいざが子どもじみたことを言うと、譲は特に構わないようで、しれっと言った。
「俺が薬と点滴バッグを克己に届けるだけだ。傷がまた開くかもしれないがな」
「~~~!!!」
るいざは何か言いたそうに口をパクパクしていたが、言葉にならなかったようで、しばらくして大きなため息を吐いた。
「わかったわ。行く」
「ああ。頼む」
どうやら譲とるいざのケンカという事態には発展しなかったようで、憲人はホッと胸をなで下ろすのだった。
「と、言うわけなのよ!!」
と、怒り心頭といった様子で朝食の会話を話したるいざに、克己は苦笑した。
「まあ、落ち着けよ」
「って、克己、落ち着きすぎじゃない? 昨日はあんなに怒ってたのに」
「昨日はな。まあ、腹も立ったし、怒ってたけど……」
克己は気まずそうに言った。
「一晩寝たらさ、譲の言うことも一理あるなと思って。あ、だからといって、無理矢理聞き出した事を、怒って無い訳じゃないぜ?」
「そこまで達観してたら克己がどうかしたんじゃないかって疑うわよ」
「お前、それはそれで失礼な……。まあいいや」
克己はトーストに目玉焼きを乗せて食べながら言った。
「一応さ、譲も初めは普通に任務の報告を聞いたんだ。で、話さなかったのは俺だしさ。それに、敵軍に身内が居たら連れて行かないのも、当たり前のことだろ?」
「それはそうなんだけど」
「まあ、弟――叶が戦いたいのは俺だろうから、それだけは気にかかるけど」
「あの弟さんね」
るいざは少し遠い目をして言った。病院の事件を思い出しているのだろう。
「正直、どうするのが良いのか分からないんだ」
珍しく、克己が弱音を吐く。
「叶とは戦いたくない。けど、アイツをどうこうできるのも俺だけだと思う。それに、昨日は妹――詩愛も居たんだ。もしかしたら、何かの能力に目覚めたのかもしれない」
るいざは、克己を見る。
「特殊能力は兄弟だからって、発動するとは限らないわよ?」
「ああ。現に麻里奈は能力者だけど、浩和は違うしな。だから、詩愛が能力者かは分からない。けど、アメリカ連合軍のことだ。その確率は高いと思う」
「……そうね。能力者の身内ってだけで、戦闘に連れては行かないでしょうね」
「どーしたもんかなあ」
食べながら、呟いた克己に、るいざもため息を吐いた。
「難しい問題ね」
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