4.るいざと克己
すっと意識が戻る感触。
それは、寝起きよりも唐突で、前の記憶の続きかと思うほど急で。
克己はとっさに、ベッドの上で飛び起きた。
「いっ~~~!!」
その途端襲ってきた激痛に、再びベッドに逆戻りしてしまう。
「いって~……」
多分傷は開いていないと思うが、痛みと貧血によるめまいで頭がぐらぐらする。
と、横からるいざが克己を覗き込んだ。
「まだ傷が完全に塞がって無いんだから、そんな風に動いたら痛いのは当たり前よ」
「るい……」
よく見ると、克己は意識が途切れる前と同じく、医務室のベッドに寝ているらしい。前と違うのは、譲に押さえつけられていたのが、今は普通に寝かされている点くらいだ。
「っ! そうだ! 譲は!?」
また起き上がりかけて、克己は痛みにベッドへと逆戻りする。
「少しは落ち着いたら?」
呆れた顔でるいざが言うと、克己はバツが悪そうにベッドに横になった。
「譲ならどこかに行ったわ。多分、自分の部屋かコンピュータールームじゃないかしら」
るいざの返答からするに、どうやらこの部屋には居ないらしい。
それを確認すると、克己はるいざを見た。
「あれからどのくらい経った?」
「ほとんど時間は経ってないわよ。30分くらい」
ベッドの横に置かれた椅子に座ったるいざは、克己のズレた掛け布団を直す。
「飲み薬は飲める?」
「ああ」
克己が落ち着いたのを見て、るいざはベッドサイドのテーブルに置いてあった薬とスポーツドリンクを差し出す。
「Thanks。って、点滴も繋がってるのか」
「それだけ重傷って事よ。ところでトイレは大丈夫? さっき行くところだったでしょ?」
「ああ。行きたいな」
「じゃあそれ飲んだら行ってきたら? スタンドを出しておくから」
「手間かけさせて悪いな」
「このくらい平気よ」
るいざは立ち上がると、点滴を吊すキャスター付のスタンドを取りに行く。
今は雑にベッドのカーテンレールに吊されている点滴は、まだ結構入っているところを見ると、るいざが言った通り、大して時間は経っていないのだろう。
「克己、ごめんね。点滴バッグに手が届かないから、移動は自分でしてくれる?」
「ああ。そのくらいなら平気」
さっきは勢い良く動いたせいで痛みが酷かったが、ゆっくり動く分には痛み止めが効いているのでそう痛みは無い。
克己はゆっくりと起き上がり、点滴バッグをスタンドに引っかけると、ベッドから立ち上がった。
「んじゃ、トイレ行ってくる」
「気を付けてね」
「おー」
医務室を出ると、廊下が広がっているが、その真正面には窓があり、テラスの所に植えてある大木を見る事が出来る。医務室は4階に位置するため、同じ木でも、いつもの角度と違う表情が新鮮だ。ちなみにこの大木は、3階のテラスに植えられていて、5階まで吹き抜けで中央に生えている。それを取り巻くように廊下とエレベーターが配置され、さらに外側に会議室や医務室、テラス等が配置されているのだ。
余談ではあるが、1、2階の中央にも吹き抜けで、こちらにはやや小ぶりな広葉樹が植えられている。
克己はその木を眺めながら、点滴スタンドをガラガラと押し、トイレまで往復した。
「ただいまー」
「おかえりー。動けるようなら部屋に戻っても良いみたいだけど、どうする?」
「んー。シャワーは浴びて良いのかな?」
「良いんじゃない? 多分」
「なら戻るかな。身体もベタベタするし」
「髪も血が残ってるものね。ていうか、ちょっと切れてるところもあるわよ?」
「マジか。後で麻里奈に整えて貰うか……」
沙月のかまいたちで、髪も切れていたらしい。普段から克己の散髪は麻里奈に頼んでいるので、今回も任せる事にするようだ。
「そのまま歩いていく?」
「おう」
「じゃあ、行ってて。薬とか、取ってくるから」
「悪いな。頼む」
「はーい」
克己はゆっくりサンダルで歩きながら、エレベーターに向かう。と、カゴを持ったるいざはすぐに追い付いた。
エレベーターの下のボタンを押すと、エレベーターは待機していたらしく、すぐにドアが開く。
「真維様々だな」
「本当ね」
3階のテラスを経由して克己の部屋に真っ直ぐ向かう。
が、それなりに距離があるため、途中から克己は顔をしかめていた。
「平気? お風呂、1人で入れる?」
「それは平気。シャワーだけだし、痛みもそこまで酷く無いしな」
「でも心配だから、一応部屋に居るわね。お風呂から上がったら、新しい点滴もつないだ方が良いし」
「いやー、手間かけてマジで悪いな」
「こういう時はお互いさまよ。それに、克己が守ってくれたから私と麻里奈はこの程度のかすり傷で済んでるんだし」
そう言われてよく見れば、るいざもあちこち傷用シートが貼られている。
が、どれも既にふさがりかけており、直ぐに治りそうだ。
「そりゃ良かった。不幸中の幸いだな」
克己はるいざに連れられて、バスルームに入ると、シャワーを浴びる。していた点滴は終わったため、留置針を残して水が入らないよう保護する。傷はテープとシートで保護されているため、水が染みることはない。とりあえずざっと血を流し、シャンプーとボディーソープで身体を洗うと、やっとひと息つけた気がする。
「貧血は平気? ふらついたら耐えずにしゃがむのよ?」
「おー。大丈夫そう。もう上がるよ」
「はーい。着替えもタオルも用意してあるわよ」
「至れり尽くせりだな」
克己はバスルームから出ると、シートを剥がさないよう注意して身体を拭くと、部屋着を着た。
そしてそのまま、寝室へ行くと、一足先に寝室に行っていたるいざが、呆れた顔をした。
「髪が乾いてないじゃない! ほら、ここに座って!」
そう言ってベッドを示され、克己は大人しくベッドに座る。るいざは克己が肩に掛けていたタオルを取ると、克己の髪を拭く。
「そう言えば、傷は残りそうなの?」
「わかんね。まあでも、今更だし」
「克己はあちこち傷跡があるものね」
「病院時代も生傷が絶えなかったしな」
「……」
「るい?」
不意に黙ってしまったるいざに、克己が怪訝そうに呼び掛ける。と、るいざはタオルで克己の視線を遮ると、その頭を抱き締めた。
「病院の時ほどじゃなかったけど、今回も心配したんだからね……」
震える声に、るいざにどれだけ心配をかけたかが解って、克己は反省する。
「悪かったよ」
「本当にそう思ってる?」
「思ってるさ」
「じゃあ、気を付けてよね?」
「気を付けはするけど、もう無いとは言えないのがなー……」
苦笑しながら言う克己に、るいざも苦笑した。
「そこは嘘でも平気って言うところでしょ?」
「るいに嘘つくと、後が怖いからな」
「えー? 失礼な!」
るいざはそう言うと、克己の髪をガシガシと拭いて、タオルを取った。
「ドライヤーを取ってくるわ」
「いや、いいよ。短いからすぐ乾くし」
「そう? 寝癖が付くわよ?」
「どうせ寝てるだけだから構わないさ」
そう言うと、克己はベッドに潜り込む。
リラックスした克己の様子を見て、るいざもそれ以上何もいわずに、克己の腕を引っ張り出した。
「点滴したら、寝ると良いわ。睡眠が何よりの薬だから」
「寝れるかなあ」
「眠れなくても横にはなってるのね。真維に映画でも見せてもらえば?」
「それも良いな」
たまには何もせずにのんびりするのも悪くない。
「明日の朝ご飯は持ってくるから、テラスまで来なくて良いからね?」
「OK」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
点滴をセットしたるいざは、克己の頬にキスをすると、寝室から出た。
途端に、はじめが現れた。
「克己君が大丈夫そうで良かったわね!」
「本当よ。良かったわ」
「るいざ、半泣きだったものね」
「だって、病院の時の事を思い出しちゃって、怖かったんだもの!」
2人は話しながら部屋を出る。
「それより、譲と克己のケンカの方が驚いたわ」
「そうね。でも、るいざも克己君が素直に弟さんのことを話すとは思ってなかったでしょ?」
「うーん。半々かなって思ってた。でも、言わないと辻褄が合わないし、言うしか無い気もしてたから、言わなかったのにびっくりしたわ」
「そうよね」
はじめはるいざの隣で、ふよふよと浮かびながら、考える素振りをする。
「譲君が、能力を使って無理矢理聞き出すのも分かるのよね」
「そうなのよ」
はじめの言葉にるいざも同意する。
「譲の立場からしたら、必要な情報だし、克己の立場からしたら、言いたくない内容だし。どっちの気持ちも解るから、困るわよね」
「ねー」
るいざは病院の事件の時に、弟さんの事は聞いていたから、ある程度は知っていたのだ。
るいざは部屋に戻ると、バスルームへと向かった。昼に一度入っているが、克己を支えたりで埃や血が少し付いていた。
「明日からどうなることやら」
るいざはため息をついて、服を脱いだ。