2.夕食と誘導尋問
食事を乗せたワゴンに、コンビニで調達したガウンとスポーツドリンクを持って、譲は医務室に戻ってきた。
「お前が持ってきてくれたのか。悪いな」
「さすがにその格好で女性陣の前に出たくないだろ?」
今の克己は全裸に掛け布団をかけただけの状態な上に、まだ血だらけだ。
とりあえず、譲はベッドにテーブルを設置すると、洗面器にお湯を溜め、そこに置いた。
「ひとまずはこれで我慢してくれ」
「十分だ」
克己は洗面器に手をつけて、こびりついた血を溶かしていく。
「シートまで取るなよ。タオルはここに置くから」
「おー」
譲は話しながら、別のタオルをお湯で濡らし、克己の身体を拭いていく。
「自分で出来るぞ?」
「そうか。なら自分でやれ」
克己の動きの邪魔にならないよう、テーブルをサイドに移動すると、譲は濡れタオルを克己に渡し、下着とガウンをベッドへ投げた。
そして、椅子に座り、ウィンドウを立ち上げる。
「少ししか経ってないが、表面は大分塞がってきているな」
「そうなのか?」
「ああ。やっぱり、切り口がキレイだったのが大きいな」
「あー。かまいたちだったからな」
風の攻撃は、一点集中な上に鋭利なこと、この上ない。
「そう言えば、報告はもうしたのか?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「いや。気になっただけ。それより、ちょい痛みと熱が出てきたっぽいんだけど」
少しホッとした様子で、克己は言った。
「そうみたいだな。食べたら点滴を追加しよう」
「Thanks」
髪にこびりついた血は、シャワーを浴びるまでは我慢する事にして、克己は一通り身体を拭くと、立ち上がって服を着た。
「いて……」
「あまり力を入れるなよ。傷口が開く」
「おー。やっぱ、しばらく寝てるしかねーな」
ため息を吐きながら、克己はベッドに逆戻りすると、テーブルの位置を動かした。
「でも、とりあえず腹は減った」
「それは何よりだ」
譲はワゴンから克己の分の食事をテーブルへと移動する。
「Thanks。いっただきまーす!」
身体を起こすと傷が痛むため、ベッドを背もたれがわりにして、寄りかかりながらの食事だ。
だが、温かい普通食が食べられるのはありがたい。
譲も、ワゴンからプレートを取り、食事を食べ始める。
今日は栄養と消化をメインに考えられているのか、緑黄色野菜のポタージュに、オムライス、ハンバーグ、チョコパフェという献立だ。譲はワンプレートだが、克己はそれぞれが1人分以上ある大盛だ。それでも普段よりは幾分量は少ないが。
「美味い! 普通食が食えて良かった~」
「気持ち悪くなったりはしていないか?」
「全然平気! ポタージュ、もうちょいある?」
「ああ。カップをよこせ」
「ん」
譲は克己のカップに、鍋からポタージュをよそうと、テーブルに置いた。
「Thanks。なんか、手慣れてるな」
「ああ。こういうのは慣れているからな」
椅子に座り、食事を再開した譲は、オムライスの代わりにパンを千切って食べている。
「慣れているって、本部か何かでか?」
「いや、昔、家族にな」
「へー。介護がなんかか?」
克己が何の気なしに聞く。と、譲は何でもない事のように答えた。
「介護と言うか看護と言うか。だが、老人じゃないぞ」
「え?」
「姉が――義理の姉が、身体が弱かったんだ」
「へえ……」
克己が初めて聞く、譲の家族の話である。
「聞いて良いのかわかんねーけど、義理の姉って?」
克己が問うと、譲は少し考えてから言った。
「どうせ、本部に行ったらどこかしらから聞くことになるだろうから、いいか」
そう言うと、譲は気付かれないよう、能力を僅かに展開する。
譲は、手を止めると、克己の目を見た。
「俺は、元日本軍の軍人だった、縣北都に引き取られた、義理の息子なんだ。姉は縣北都の実の娘になる」
初めて聞く事実に、克己が驚く。
「なんで引き取られたんだ?」
「そのあたりの事情は俺にも解らない。義父は何もいわないまま、亡くなったからな」
「そうなのか。――姉は? 元気なのか?」
「いや、義父より先に亡くなっている」
「え」
「元々、身体が弱くて大人になるまでは生きられないと言われていたんだ。で、15になる前に病気でな」
「それは……。なんか、悪い」
「謝ることは無いと思うが?」
「いや、興味本位で聞いて悪かったな」
「遅かれ早かれ解ることだ。それに、話したのは俺だ」
「そりゃそうだけどさ」
克己は気まずそうに視線を逸らす。
「……俺の兄弟は元気……そうだからな」
「……そう言えば、弟と妹が居たんだったな」
「ああ」
克己はオムライスを口の中に入れて、少し遠い目をした。
「兄弟仲は良いのか?」
譲が聞くと、克己は首を横に振った。
「いや。なんか嫌われてるっぽいな」
「そうなのか」
譲は、ポタージュを飲むと、ひと息ついた。
克己は自分の失言に気付いていない。
会っていなければ、『嫌われている』かどうかなどわからない。
譲は能力を、少しずつ強くしていく。
「生きていれば、色々あるよな」
「だな」
克己はそう言うと、無意識に肩をさすった。
多分、本当にさすりたかったのは肩ではなく、背中の傷なのではないかと、譲は予想する。
「元気なのは、何で分かったんだ?」
譲が、踏み込んで聞いた。
すると、克己は俯いたまま、口を開いた。
「――船に乗っていたんだ」
「船?」
「アメリカ連合軍の船に」
なる程と、譲が納得する。るいざが言えなかった理由にも。そして、恐らく克己の背中の傷、それにも克己の弟か妹が関与しているのだろう。
「弟や妹は能力者なのか?」
「……わからない。けど、その確率は高いと思う」
「わからないのか?」
譲の言葉が、克己の脳内にこだまする。
まるで操られたように、克己は言った。
「弟は能力者だ。妹は解らない」
「弟が能力者なのは、なぜ分かったんだ?」
克己がスプーンを置いて、また肩をさすった。
「前に、俺とるいざが居た病院に、アメリカ連合軍が攻めてきた事件があったんだ」
「病院にか?」
「ああ。その時に、弟――叶とは対峙したんだ。結果は俺が重傷を負って、負けたんだけどな」
なる程。背中の傷はその時のものか。
るいざが、克己が死んでしまうかと思ったほどの怪我。その、攻撃をしたのが、実の弟だとは。
随分恨まれているらしいな。
「バイタルが一気に減ったのは、兄弟に気を取られたからか?」
「ああ。情けない話さ。気を取られた瞬間に、沙月に攻撃されて、このざまさ」
「でも、るいざと麻里奈は守れたんだから、十分だろ」
「……ならいいんだけど」
譲は今度は、逆に、能力を下げていく。
能力を使ったことがバレないように、ゆっくりと。
「まあ、何より怪我を治すのが先だな。2人に心配をかけたくないなら」
「そうだよな」
克己は再度スプーンを持つと、チョコパフェを食べ始めた。
譲は今聞いた事実を反芻しつつ、ハンバーグを口に入れた。
アメリカ連合軍に克己の身内が居るのはかまわない。が、それで、克己のメンタルに付加がかかるのは望ましくない。
いざという時に躊躇うようなら、今後、アメリカ連合軍と対峙する時には戦力外にせざるを得ない。
「なあ、譲。お前はその量で満足なのか?」
不意に、譲のプレートを示して克己が聞いた。
「お前が沢山食べるだけで、俺は普通だ」
「そーかあ? もう少し食べた方が肉がついて良いんじゃないか?」
「身体が重くなるから、今の体重でかまわん」
「ふーん」
譲の能力は、後は少ししか残っていないようだ。切らすより、その前に点滴を追加した方がバレにくいだろう。
「食事が終わったら、点滴をするぞ」
「OK。あ、でもその前にトイレに行きたい」
「ああ。解った。準備しておく」
克己は慌ててデザートを食べると、トイレへ向かった。