48.処置
駐車場に勢い良く車が突っ込んできた。
が、勢いがつきすぎていて、ブレーキがけたたましい音を立てるが間に合わない。
譲はため息を吐きながら、PKで車を浮かして緩やかに止めると、静かに下ろした。
「気持ちは分かるが、いくらなんでもスピードの出し過ぎだ」
「それより克己を早く!」
運転席から麻里奈が怒鳴る。
譲はやれやれと再度ため息を吐いて、克己の身体をPKで持ち上げた。
「とりあえず、克己の治療を先にする。終わったら麻里奈とるいざの治療もするから、医務室に来るように」
「私たちも?」
「大した傷じゃないだろうが、無傷ではないだろ? 念のためだ」
「はーい」
確かに、沙月のかまいたちを少しと、後半のシールドを貫通した攻撃で、小さな擦り傷や切り傷か麻里奈もるいざもあった。今までは克己に集中していたから気付かなかった。
譲は克己を浮かせたまま、テレポーテーションで医務室へ移動すると、処置台へ克己を寝かせた。
「意識はあるか?」
「……辛うじて」
「なら麻酔を使う。少し寝ていろ」
譲は注射器を手に取ると、薬を配合していく。
「寝てて良いものか?」
「その方が、俺が楽だ」
「なら、いーや。任せた……」
そう言うと、克己は意識を手放した。譲は酸素マスクを克己にセットし、衣服をハサミで切り裂き、点滴をセットする。これで、痛みはマシになるだろうし、ゆっくり眠っていてくれるだろう。
パッと見、ヤバい傷は無さそうだが、念のためスキャンをかけて全身チェックする。
憲人はその様子を興味深そうに見ている。
「血が平気なら、こっちに来て手伝ってくれ」
「俺? でも、何もわからないよ?」
「道具を持つくらい出来るだろ?」
「そのくらいなら」
譲に言われて、手洗いをして手袋をした憲人は克己のところへやってきた。
譲はトレイを持たせると、その上に縫合用の溶ける糸や固定用テープを乗せる。
「縫うの?」
「深い傷だけな。ああ、血管をつなげた方が良い傷もあるな」
譲はるいざが貼ったシートを剥がす。傷が深いところは血管が傷ついていて、シートの下に血が溜まっていたため、剥がすと血が飛び散りポタポタと処置台へと落ちる。
譲は清潔なガーゼを当てると、素早く血管を縫合する。細かい血管は、電気で焼いて止血する。そして、傷を内側から縫い、縫合していく。なるべく傷痕を残さずに済むよう、表面は縫わずにテープで止める。血が滲むが、溢れ出してはこないからこれで大丈夫だろう。そう判断すると、譲は次の傷へ取りかかった。
傷が多かったため、縫合だけで小一時間ほどかかったが、途中から輸血も追加すると、克己の容態は安定したようだった。
小さな傷はシートだけで塞ぐと、譲は仕上げに、深い傷の表面に治癒をかける。
薄皮一枚ふさぐ程度の力しか無いが、傷が鋭利な刃物で切ったような傷のため、普通の傷より効果は高いだろう。
まだ少し安静にしていて欲しいため、譲は麻酔を追加すると、処置台をカーテンで仕切られた場所へ移動する。
そして、とりあえず手術用のシートで身体を覆うと、ひと息ついた。
「おつかれ。助かった」
「荷物持ちしかできなかったけど」
「最後は器具も渡してくれただろ? あれで速度が上がった」
「役に立てたなら良かった」
憲人は道具を置くと、小さく笑った。
「克己の具合はどう?」
「2、3日もすればほぼ治るだろバイタルも安定しているし、イエローまで持ち直している」
ウィンドウを表示して説明する譲に、憲人がふむふむと頷く。
「医療を学んだら、みんなの役にたてるかなあ?」
「そりゃもちろん。俺みたいな適当なのとは違って役に立つだろ」
「譲が適当とは思えないんだけど……。でも、少し考えてみようかな」
憲人は産まれてまだ一年経っていないと思われるが、将来の事を考える年齢にはなったようだ。
「まあ、それはそれとして、ここを片付けるのが先だ」
「あー。確かに」
床には血だまりが出来ているし、使った道具もそのままだ。
譲がガーゼの数を数えているのを見て、憲人は使用した器具をバットに纏めていく。
「確認をするから、纏めたらそこに置いておいてくれ」
「了解。床はどうすればいい?」
「水で流す。道具をまとめ終わったら、手洗いして向こうで休憩していいぞ」
「はーい」
憲人が仕事を終え、手洗いをしてひと息つくと、ちょうど医務室に麻里奈とるいざがやってきた。2人は車を片付けた後、シャワーを浴びてきたようだ。
「克己、どう?」
「容態は安定している。もう少し安静にしていてもらいたいから眠らせているが、問題無さそうだ」
その言葉に、麻里奈とるいざはホッとした表情を見せた。
「良かった~」
「どうなるかと思ったけど、本当に良かったわ」
譲は手洗いをすると、椅子に座って麻里奈を呼んだ。
「先に麻里奈。こっちに座れ」
「はーい」
譲の向かいの椅子に麻里奈が座ると、簡易スキャンをされる。
「傷は少しだな。こっちの火傷は自分の炎か?」
「そうなの。ちょっと力が入り過ぎちゃって」
照れ臭そうに笑って言う麻里奈に、譲はまあ今回は仕方ないかと諦めて、消毒すると、傷用のシートを貼っていく。
「OK。次はるいざ」
「はーい」
るいざもスキャンの結果、ほぼ傷はなかったので、消毒とシートを貼るだけで手当ては終わる。
2人の傷の少なさから、いかに克己が身を呈して2人を守ったかが解る。
と、麻里奈が思い出したように言った。
「そう言えば創平ちゃんは、もう帰っちゃった?」
「ああ。予定通りにな」
「そっかー。お見送りできなくて残念だったわ」
しょんぼりとした麻里奈に、譲が言う。
「指輪はそのまま持って行ってるから、真維を通じて連絡は取れるぞ」
「そうなの?」
「ああ。今日は本部に一泊する予定らしいから、夜にでも連絡したらどうだ?」
「夜ならお仕事の邪魔にならないかしら?」
「多分な」
「じゃあ、夜連絡してみる!」
途端に上機嫌になった麻里奈に、るいざも苦笑する。
「麻里奈。元気があるなら、憲人と一緒に夕食を頼む」
「はーい。いいわよ」
譲の言葉に、上機嫌で返事をした麻里奈に、るいざも椅子から腰を浮かせかける。
「あ、じゃあ私も手伝……」
「るいざには、ちょっと聞きたいことがある」
譲の言葉にるいざは首を傾げた。
その様子を見て、麻里奈と憲人は医務室を出て行く。
「それじゃ、先に行ってるわね」
扉が閉まってから、るいざは聞いた。
「聞きたいことってなあに?」
「克己の事だが」
「うん」
「途中から一気にバイタルが減ったが、何かあったのか?」
るいざは驚いて目を丸くした。
「それは、……沙月君が強くて」
「沙月のかまいたちの威力が想定以上だったのは解った。だが、それとは別に何かに気を取られてシールドがおろそかになったんじゃないのか?」
「それは……、その……」
るいざはしばらく言葉を探していたようだが、譲を誤魔化すのは無理だと思ったらしく、首を横に振った。
「ごめんなさい。私の口から言って良いのかわからないの」
「……」
「直接、克己に聞いてみてくれる?」
「解った」
こうと決めたるいざは頑固だ。それに、今の言い方だと、克己に関連する事があったのは確かだ。なら、本人に聞くのが筋というものだろう。
譲はるいざに聞くのは諦めて、るいざを解放した。
夕食の手伝いに行くるいざを見送って、譲は克己の様子を見る。
譲の予想が正しければ、今回の件はおそらく克己の背中の傷と関係があるはずだ。
だとすると、克己が素直に話すとは思えない。
「なるべく力は使いたくはないが、仕方ないか……」
そう呟いて、譲は椅子に座った。