43.違和感
朝、るいざは目を覚ますと、少しの違和感を感じた。何か夢を見ていた気がする。そのせいかもしれない。起きて周りを見回してみても、寝る前と特に変化はない。
「はじめさーん」
念のためにはじめを呼んでみると、はじめは元気良く現れた。
「おっはよー! るいざ! 朝から私に会いたいなんて、珍しいわね!」
「微妙に違っている気がするけど、まあいいわ。それより、なんだか違和感みたいなものを感じるんだけど、夜中に何かあった?」
「特に何も無かったわよ?」
はじめは幽霊なので、睡眠が必要無い。だから、るいざの周りで何かあれば、必ずはじめが見ている。ただし、半分るいざに取り憑いている状態のため、気が向かないとこの部屋の外には出ない。特に今は、憲人と創平が居るため、警戒してるいざが外にいても、部屋に留まって居ることが多かった。
そのはじめが何もないと言うのだ。本当に何もなかったのだろう。
「じゃあ、予知夢かなあ?」
「何か見たの?」
るいざのつぶやきに、はじめが聞いた。
「うーん。良く覚えてないんだけど、誰か、知らない人が居た気がする」
「漠然としてるわね」
「うん。もう覚えてないもの……」
違和感もすっかり消えてしまったので、るいざは気のせいだという事にして、今日の朝食のメニューを考えながら、着替えを始めた。
るいざがテラスに行くと、そこには既に克己が居た。
「おはよう、克己。ここに居るなんて珍しいじゃない」
克己はいつも早起きだが、普段はジョギングや筋トレをしていて、テラスには居ない。たまに通過する程度だ。
すると、克己は座っていた椅子から立ち上がって、るいざと一緒にキッチンへついて来た。
「おはよー、るい。今日、西塔が帰るだろ? だから、ボディガードも最後だし、ついでに朝食の支度を手伝おうと思ってさ」
「ありがとう、助かるわ。さすがに6人分だと、時間がそれなりにかかるから」
そこで、るいざは思い出したように聞いた。
「そう言えば、譲は帰ってきたの?」
「来たよ。23時頃かな」
「随分遅かったのね」
「ああ」
譲の話になった途端、克己が微妙に不機嫌になる。
るいざは冷蔵庫を開けて、中身を確認しながら、それとなく聞いた。
「何かあったの?」
「いや、特に」
「そう」
克己がこう言うときは、言いたくない時だ。るいざはそれ以上、深くは聞かず、今日のメニューを考える。
「キノコの炊き込みご飯と、お味噌汁、塩鮭の焼いたのに里芋の煮付け、ほうれん草とワカメのお浸し、納豆、焼き海苔、お漬け物でどうかしら?」
「十分じゃね?」
克己はニッと笑ってそう言った。
「じゃあ、私は炊き込みご飯の準備をするから、里芋をお願い」
「OK」
2人は手分けをして、朝食の準備を始めた。
最初にテラスに姿を見せたのは、麻里奈と憲人だった。
「おはよー、るいざ、克己」
「おはよー」
「おはよう」
「おはー」
麻里奈はキッチンまで来ると、支度がほとんど終わってるのを見て言った。
「手伝えなくてごめんね」
「いいのよ。今日は克己が手伝ってくれたから早かったし」
「とりあえず、テーブルの方の支度は手伝うわ」
麻里奈は台拭きを水で濡らすと、テーブルの方へと歩いていく。その後ろからやってきた憲人は、カトラリーと取り皿を運んでいく。
「人手が多いって良いわね」
るいざが嬉しそうに言うと、克己も頷いた。
「うちで手伝わないのは、譲くらいなもんだ」
「たまーに手伝ってくれるけど、普段しない人がしてると、何か起こりそうだからちょっと怖くなるのよね」
「るい、それ本人には言うなよ……」
「言わないわよ。ありがたい気持ちはあるんだから」
軽口を叩きながら、出来上がった料理をカウンターに並べると、麻里奈と憲人がテーブルへと運んでいってくれる。
そうして、準備ができた頃、譲と創平が姿を見せた。
「おはよう」
爽やかな笑顔で挨拶した創平に対し、譲は無言のまま、席についた。
「おはよう、創平ちゃん。今日もう帰っちゃうんでしょ? 寂しくなるわ」
「僕も麻里奈とまたお別れしないといけないから寂しいよ」
「何時にここを出るの?」
「3時頃かな。もう少しだけ、システムを詰めていきたいからね」
「そっかー。じゃあ、ゆっくりは出来ないのね」
「ごめんね、麻里奈」
「ううん。お仕事じゃ仕方ないわ」
すっかり2人の世界を展開している麻里奈と創平をよそに、克己は譲の前にご飯と味噌汁を置いた。
「お前は眠そうだな」
椅子に座った譲は、起きてはいるのだが、非常に不機嫌そうである。
「食べたら少し寝る」
「そうしとけ」
克己はそう言いながら、譲の様子をチラリと見た。
服装はいつも通り、ワイシャツの第一ボタンは外していて、襟は開いた状態だ。だが、首元はもちろん、手首にも痣らしきものは無い。
克己はキッチンへと戻りながら、首を傾げる。昨晩の痣は見間違いだったのだろうか。いや、あの時の譲の反応からしても、見間違いでは無いはずだ。ならあの痣はどこへいったのか。
考えられるのは、譲が治癒で治したと言う事だが、譲は確かに治癒能力を持っているが、そこまで強くはない。パッと見、かなり酷い痣だったが、譲の治癒能力で何とかなるものだったのだろうか。
または、創平が実は能力者で治癒能力持ちと言うことも考えられるが、こちらは恐らく無いだろう。
創平は特殊能力を持たない、普通の人間のはずだ。そこを偽るのなら、バレるような行動はしないだろう。
かと言って、譲に聞いたところで答えは返ってこないだろう。
「まあ、いいか」
怪我が出現したならともかく、治ったのなら問題はないだろう。そう結論付けて、克己はキッチンへ戻っていった。