42.西塔晃一②
コンピュータールームの中へ、直接テレポーテーションで飛ぶと、そこには創平の姿があった。
「やあ。こうして会うのは久し振りだね」
「そうだな。パイプを作ってくれた事には感謝する」
言葉と裏腹に、晃一は創平を憎々しげに睨んで言った。
どうやらこの兄弟は、仲が良くないらしい。
が、そんな事はどうでも良い譲は、コンピュータールームの扉をロックすると、晃一に向き直った。
「ここがコンピュータールームだ。セキュリティーが固いのはここだろう?」
「いや、日再の一部と、この施設、すべてかな。きっと、君の管理下にあるセクションだと思う」
「ふむ」
譲は少し意外に感じた。もっと、侵入してきているかと思ったのだが、どうやらプランツ・レリックは情報工学面ではそこまで強い人間が居ないようだ。
が、そんな事は表情に出さないまま、譲はウィンドウを展開した。
「話を聞いた感じ、機械関係の技術者だと思ったが、ここでは何を見たいんだ?」
処理棟で、晃一と話した内容からして、彼の専門は恐らくそっちだ。コンピューター関係は専門外の可能性が高い。
すると晃一は、創平を放置し譲の隣へ来た。
「ここの施設制御のプログラムを見せて欲しい」
そう言うと、ゴーグルを下ろし、何やら操作している。おそらく、暗視ゴーグルだけでなく、記録機能もついているのだろう。
「施設制御だけならかまわない。流すから録画でもなんでもしてくれ」
「ありがとう」
そう言うと、譲はウィンドウにプログラムを表示し、一気に下までスクロールした。
そして、ついでに処理系統のプログラムも表示する。
「こっちは処理系統の足まわりだ」
「至れり尽くせりだね。ありがたいけど、良いのかい?」
「この程度ならかまわない。ここの根幹に関わる部分じゃないしな」
「そうなのか」
譲がざっとプログラムを流すと、晃一はそれも記録していく。
その様子をちらりと見て、譲は聞いた。
「拠点でも造るのか?」
プランツ・レリックはキャラバンだ。それは、拠点を持たず移動しているからだが、今回、晃一が見て回って居るのは、地下の拠点を作らないのなら必要無い部分ばかりだ。
晃一は、プログラムを記録出来ていることを確認すると、ゴーグルを外して言った。
「君の想像通りだ」
ここまできて誤魔化しても仕方がない。そのくらいなら、手の内を明かしてでも、譲の知識を持って帰る方が有益だと判断したらしい。
「地下シェルターの構造も理論も、その辺に腐るほど転がっているが、あえてここに来たのは何故だ?」
核の関係で地下暮らしを余儀なくされた人類は、試行錯誤して地下で暮らす設備を整えた。各国、差異はあれど、拠点を造るだけなら特にこの施設に拘る必要はない。
譲の疑問に、晃一が答えた。
「ここの施設は群を抜いている。最近、新しく作成されたシェルターはいくつもあるが、ここのような、人間に配慮した施設は余りないんだ。それに、ここ以外に、うちの情報部が侵入出来なかった施設も無い」
「……そんなに特別な事をしているつもりは無いんだが」
「なら、譲は『特別』の認識を改めた方が良いかもしれないね。君がしていることは、世界でもトップクラスに、『特別』な事だよ」
晃一に柔らかく言われると、そう言うものかと思ってしまう。が、譲にはイマイチピンとこない。
すると、創平が笑って言った。
「だから言っただろう? コンピューター関係で、君の右に出る者は居ないと」
「俺は、その話を疑ってかかっていたが、今回、施設を見せてもらって、本当の事だと感じたよ」
晃一にまで言われてしまう。
「それはともかく、ここまで来たかいはあったな」
晃一の言葉に、創平が聞く。
「たまには役に立つ情報もあるだろう?」
「今回の事は感謝する。が、上の命令でなければ、アンタと関わるのはごめんだ」
晃一はキツく創平を睨みつける。が、創平は意に介した様子もなく、にこやかに微笑んだ。
「なら、残念だね。これからも関わることになる」
その言葉に、悔しそうに、晃一は創平を睨んだ。
それはつまり、創平がプランツ・レリックの上層部と繋がりがあるということだ。
譲は小さくため息を吐いた。
兄弟喧嘩は良いが、要らない情報をこちらに与えるのは勘弁してもらいたい。
「そろそろ時間だ。晃一、もう良いか?」
譲が聞くと、晃一はさっきまでの表情が嘘のように柔和な笑みで、譲を見た。
「協力感謝する。それで、可能なら、譲との連絡手段が欲しいが、どうだろうか?」
「俺と? 酔狂だな」
「そうでもないと思うよ」
「ちなみに、俺側のメリットは?」
「そうだな……。別パターンの施設建築に参加出来る事と、ウチが掴んだ情報を横流しする事でどうだろう?」
「破格だな」
「それだけの価値が君にはある。出来るならスカウトしたいくらいだ。断られるのは分かっているけどね」
譲は少し考えると、手首にはめていた、細めの羽根を模したバングルを、晃一へと渡した。そして、ウィンドウを開き、何やら操作する。
「ソイツで俺と連絡が取れるようにした。主には文字通信だが、映像通話までは可能だ」
譲の言葉に、晃一が聞く。
「位置情報や他の機能は?」
「総て削った。そいつに出来るのは連絡だけだ。ただ、連絡しているときの位置はどうやったって解る。そこは考慮して、連絡してくれ」
「こちらに都合が良いアイテムだな。ありがとう」
「取引材料が破格だったからな」
「お互いに有意義な取引だったわけだ。それじゃ、そろそろおいとまするよ」
「ああ。上へ送る」
話が纏まり、帰る段になって、創平が口を開いた。
「晃一」
「なんだ?」
晃一が創平を睨みつける。が、そんな事は気にもせず、創平はニヤリと笑った。
「くれぐれも気を付けて」
「……アンタに言われたくはないな」
晃一はしばらく無言で創平を睨んでいたが、やがて振り返って譲を見た。
「行こう」
「OK」
藪をつつく気の無い譲は、晃一の手を取ると、地上の元居た位置へとテレポーテーションした。
「ありがとう。とても有意義な時間だった」
「そうか」
「……聞かないんだな。俺とアイツの事を」
「興味が無いからな」
譲の答えが予想外だったのか、晃一は少し驚いた表情をしたあと、苦笑した。
「そうか。ならいいんだ」
「それじゃ、俺は戻る」
「ああ。今回は本当にありがとう。これも」
そう言って、晃一は手首にはめたバングルを示す。それに、譲は言った。
「情報を楽しみにしている」
「ああ。それじゃ、またいつか」
晃一がそう言って、ひらりと手を振った。
それを確認して、譲はコンピュータールームへと再びテレポーテーションした。
「おかえり。晃一は帰ったかい?」
「多分な」
譲はコンピュータールームのロックを解除すると、立ち上げていたウィンドウを消した。
「異母兄弟」
「それがどうかしたかい?」
「いや、アンタに血縁者が居たことに驚いているだけだ」
真面目な顔で言った譲に、創平は笑った。
「僕だって普通の人間だからね。特殊能力も無い、ただの人間だよ」
「イマイチ信じられない」
即答した譲に、創平が笑う。
譲はため息を吐くと、ウィンドウをすべて消して、ドアを開けた。
「とりあえず、もう寝る」
「僕も、部屋に戻るとしよう」
譲の後ろからついてきた創平は、譲の手を取ると、その手を引き上げた。
「なんだ?」
「完治したようだね」
「それがどうした?」
手首の痣はキレイに治っていて、少しくらい捕まれたくらいでは痛みも無い。
と、創平は譲を引き寄せ、耳を食んだ。
「少しくらい、僕にも付き合ってくれても良いだろう?」
「これ以上か?」
「僕は欲張りなんだ」
「……少しは眠らせてくれ」
「善処するよ」
そう言うと、譲と創平は住居ブロックへと歩き出した。