41.西塔晃一①
既に夜遅く、街頭の灯り以外は星のきらめきしか無い住居ブロックを足早に自室に向かっていると、譲の部屋の前に人影があった。
「やあ。良い夜だね」
「アンタか。まだ時間じゃないが?」
すると創平はしれっと言った。
「待ち合わせ場所を伝え忘れていたと思ってね」
言われてみれば、時間の指定はされたが待ち合わせ場所については聞いていない。
「メールでも用は済むだろうに」
「事が事だけに、慎重を期しているんだよ」
そう言うと創平は、部屋のドアを開けた譲の手首をキツく掴んだ。
「っ……!」
痛みに顔をしかめる譲に構わず、創平はその手を上げ手首の痣を眺める。
「随分お楽しみだったんだね。言ってくれれば僕が相手をするのに」
「余計なお世話だ」
「それにしても、神崎君は意外とプレイの幅が広いんだね。ああ、それとも、君の性癖に合わせてくれてるのかな?」
「……」
譲が無言のまま、創平を睨むと、ようやく創平は手を離した。
そして、譲に顔をよせる。
「座標25736、58724で1時に待ち合わせている」
「アンタは来ないのか?」
「僕はコンピュータールームで見て居るよ。2人の方が話をしやすいだろうからね」
声を潜めて言いながら、創平は譲の赤くなった目元を指でこする。
首を振ってそれから逃れた譲は、創平に聞いた。
「俺が1人で行って、相手が分かるのか?」
「問題ないよ。君の身体的特徴は伝えてあるからね」
「なら良いが。処理棟を経由してコンピュータールームで良いんだな?」
「ああ。構わない」
創平は最後に譲の顎を取ると、触れるだけのキスをして離れた。
「それじゃ、頼んだよ」
「ああ」
暗闇に溶けるように消えた創平を見もせずに、譲は部屋に入っていった。
約束の時間ピッタリに、譲は自室から地上へとテレポーテーションした。
今回は入退出のログを残したくないためだ。
指定された座標へと飛ぶと、そこは崩れたビルの一角だった。瓦礫で見通しがかなり悪い。
譲は透視でぐるりと辺りを見回した。
すると、瓦礫の影から1人の男が現れた。
暗視ゴーグルを付けていて、顔は分からないが背の高い細身の男性だ。
「Yuzuru?」
「Yes」
譲が答えると、彼は銃を構えたまま譲の所まで歩いて来た。ひとつに束ねられた長い黒髪が、サラリと流れる。
「Sorry to keep you armed」
「Doesn't matter.Is English your native language?」
譲の言葉に、彼はゴーグルを上げて言った。
「失礼。ここは日本だった。日本語が母国語だよ。俺は西塔晃一。今日はよろしく」
「西塔……?」
聞き慣れた名字に、譲が不審気な表情をすると、晃一は余り触れられたくなさそうに言った。
「そちらに滞在している、西塔創平の弟になる」
「そうか。俺は縣譲だ。弟と言うわりに、そこまで似ていないな」
譲が晃一を見て言う。
「弟と言っても半分だけだからな。異母兄弟というヤツだ」
「なるほど」
「それでは、早速案内を頼みたい」
「ああ。テレポーテーションで移動するから、手をかしてくれ」
譲が手を出すと、晃一は眉をひそめた。
「その痣は?」
「気にするな」
「……よく見れば目元も赤いな。ちょっと良いかい?」
晃一は、銃をしまうと、譲の顔の前に手のひらをかざした。譲の目の回りが温かくなる。
「ついでにこっちも」
両手首を取られ、こちらも光と共に温かくなる。
「首も、触れて良いかい?」
「どうぞ」
譲が少し顎を上げ、首を晒す。その警戒心の無さに、晃一は面食らいながらも、譲の首に触れ、首の痣も治してしまう。
「治癒持ちか?」
「ああ。少ないが、礼がわりだ。ただし、この事は秘密にしておいて欲しい」
「わかった。助かった。Thanks」
「どういたしまして」
そう言うと、晃一は微笑んで、譲の方へ手を伸ばした。
譲は晃一の手を取り、まずは処理棟へとテレポーテーションする。
「ここは普通の施設なんだね」
「ああ。人間が生活するところは24時間と四季の変化をつけてあるが、ここはそう言うのは邪魔だからな」
「合理的だな」
大きな配管がいくつも走る処理棟は、夜でも人感センサーで明るい。
「説明が必要だったら言ってくれ。どうせ、事前に設計資料や構造については調べているんだろ?」
「その通りだね。日本再興機関のセキュリティーは、一部を除いてザルみたいなものだから」
「それには同感だ」
日再にここの設計図や構造計算が置いてあるのは解っている事だ。それに、何も知らずに見学に来る馬鹿はいない。
「貯水タンクでろ過もしているのかい?」
「ああ。半分はな」
「残り半分は?」
「別ブロックで浄化をして、もう一度ここに戻している。それから飲料水に加工している」
「なるほど。別ブロックはどこのことかな?」
「農村ブロックだな」
「そっちも見ることは可能かい?」
「構わない。こっちはもう良いのか?」
「電気系統についても聞いておきたい。それから、酸素についても」
「ああ。それは――」
譲は晃一の質問に、ひとつひとつ答えていく。
そうして、処理棟を説明しながら一回り見て、農村ブロックをさっと見ると、2人は今度はコンピュータールームへと飛んだ。