39.ソフィア
午後になり、麻里奈が農場に行くと、そこには親父さんと共に、見慣れない少女が居て、農作業を手伝っていた。
「こんにちは!」
麻里奈は2人に声をかけると、親父さん――ジョンが、麻里奈を見て笑った。
『こんにちは! いらっしゃい!』
そして、ジョンは自分の隣に居る少女を、麻里奈に紹介した。
『こっちは初めましての、うちの娘だ。名前はソフィア。主には手伝いをしてもらうから、これからよろしく頼むよ』
ジョンに紹介された少女は、麻里奈を見て、ニッコリと笑った。
『初めまして! ソフィアって言います! 特技は裁縫と料理だけど、農作業のお手伝いもしてるの! これからよろしくお願いします!』
「か……可愛い……! じゃなかった。初めまして。柚木麻里奈よ。ここには毎日来て農作業をしているわ。これからよろしくね」
『麻里奈さん、ですね!』
「そうよ。でも、敬語はいらないわ」
『そう?』
ソフィアは伺うように麻里奈とジョンを交互に見たが、2人が頷いているのを見て、安心したようだった。
『ありがとう! 実はまだ敬語はそんなに得意じゃないから、良かった!』
そう言って笑うソフィアの可愛さと言ったら。
「そういえば、マリアも美人さんよね。もちろん真維も可愛いし、るいざも克己も顔が良いわ。……もしかして譲、顔で選んでる?」
選んでるも何も、ロボットについては譲が製作したものだから、譲の趣味がそのまま出ているだけだが、麻里奈は気付かない。
「まあ、美人さんが多いのは良いことよね。心の潤いになるもの。譲も黙ってれば美人だし、創平ちゃんは文句なしに格好いいし」
ブツブツと1人で呟いている麻里奈に、ソフィアが不思議そうに首を傾げる。が、そんな麻里奈の様子に慣れているジョンは、気を取り直して言った。
『それで、今日はどこの畑をやるかね?』
「それでね、ソフィアちゃんがすっごく可愛かったの! 帰りに手作りのスコーンまで持たせてくれたのよ? もうね、農場の居心地がさらに良くなったわ!」
夕食の席で、麻里奈が興奮気味にそう言う。
すると、るいざと克己が興味津々で聞いてくる。
「そんなにかわいい子なら、私も見たかったわ」
「なあ、麻里奈。写真とか撮ってないのか?」
「もちろん撮ったわよ! ほら!」
麻里奈はウィンドウを開くと、今日の農場の風景を撮影したものを表示する。
「おお~!」
「わあ、かわいい!」
映像には、ニッコリ笑うソフィアの姿が写されている。
「しかもね、特技が裁縫と料理なんですって。でも、農場のお手伝いもするのよ? 凄くない?」
「まだ小さいのに凄いわね!」
「余程、農場の女将さんにタスクが集中してたんだな」
「急に現実的な事を……」
麻里奈が、ジト目で克己を見る。
「まあ、服作りとか、料理とか、確かに大忙しだったものね」
るいざがフォローを入れると、麻里奈もそれは分かっていたのか、大人しく言った。
「ついね、服とか頼み過ぎちゃうのよね。可愛いのが多くて選ぶのが楽しいから」
「それに、クッキーとかも美味しいしね」
「そうなのよ。あ、今日のスコーンも、マリアさんに負けず劣らず美味しいわ」
麻里奈はスコーンにクロテッドクリームとジャムをたっぷりのせて食べて、目を輝かせた。
「俺も食べてみよ」
克己がスコーンに手を伸ばしたのを皮切りに、全員がスコーンを食べてみる。
「うん、美味しい」
「うまいな!」
「おいしい」
「良いね」
一斉に全員が、頷きながら食べる。
と、麻里奈が思い出したように言った。
「そういえば譲って、いつ帰ってくるのかしら?」
「さあ?」
るいざがそう返すと、克己が言った。
「どうせ神崎さんのところへ寄って来るんじゃないのか?」
「そっか。お礼を言いたかったんだけど」
麻里奈の言葉に、るいざが思い出したように言う。
「お礼を言わなきゃいけないのは、私じゃない? 農場に女の子のロボットが欲しいって言ったのは私だし」
「じゃあ、みんなでお礼を言えば良いわ。私は潤いが出来て嬉しいし」
「それもそうね。減るもんじゃないし、言われて困るものでもないものね」
「うん」
満場一致となったところで、話は終わり、それぞれ食事に歓談に盛り上がる。
そして、明日は農場ツアーをしようという話になった。克己もるいざも、ソフィアを見たくてたまらないらしい。憲人は今日の農作業で一度会っているが、でも自分より小さい子どもを見るのが初めてなので、それはそれで興味津々のようだ。どうせ、明日の朝までに譲が帰ってくる可能性は低いだろうと、全員思って居た。
そして、それはその通りだった。
一旦本部の駐車場で車に乗った譲は、エンジンをつけないまま、しばらく運転席でハンドルにもたれかかり、前を睨んでいた。
が、やがて車を降りると、また本部へと入っていった。
歩き慣れた道を歩き、いつものドアの前に立つ。そして、ノックをした。
「どうぞ」
中から声が聞こえたが、譲はドアの前で立ったままだ。
やがて、不審に思った神崎が、部屋のドアを開ける。彼はそこに居た譲に驚いたような顔をしたが、ある程度予想はしていたのか、無言で譲を部屋に連れ込む。
「顔色が悪いな」
普段から愛想の無い譲であるが、顔色が悪いのは珍しい。神崎は手で譲の頬を撫でる。と、譲は小さく言った。
「酷くして欲しい」
「物騒なリクエストだな。俺の主義とは違うんだが?」
「なら他をあたる」
そう言って部屋を出て行こうとする譲を、神崎は抱き留めた。
「リクエストに応えないとは言っていない」
「なら、早くしろ」
譲はその両手を、神崎に伸ばし、抱き締めた。
何があったんだか。まあ、おおよそ予想はつくが――。
神崎は部屋の電気も落とさないまま、腕を引き、譲をベッドへと押し倒した。