38.面会
「それは、どういう……」
譲が戸惑って真維に聞く。が、彼女は譲の問いには答えずに、人差し指を唇にあてて笑った。
『それだけ。本部に行くなら気を付けてね』
そう言うと、真維は溶けるように消えてしまう。
本部のシステムも掌握している真維が言うことだ。間違いは無いだろう。
だが、譲自身に心当たりはもちろん無く、そういう接触も今のところは無い。
そして何より、譲は日本再興機関長という地位はもちろん、日本再興機関にも興味など無い。
『真維』を起動するためにここに居るのであって、それ以外のゴタゴタはごめんだ。
譲は大きく溜め息を吐いた。
こうなると、本部行きが、気が重くなる。
しかし、今行かなければ手遅れになる可能性が高い。そして、先方の了承も得ている以上、行かないわけにはいくまい。
「気を付けるしかないか」
勢力争いに巻き込まれるのも、望まぬ立場や境遇になるのもごめんだ。
譲は気が重いまま、ウィンドウを立ち上げた。
そして、真維に聞く。
「農場のロボットの件はどうなった?」
するとウィンドウに真維が現れて、胸を張った。
『実は、昨日の夜にこっそり配置完了しちゃった! 可愛いわよ、ソフィアちゃん』
「どんな見た目になったんだ?」
『こんな感じ』
ウィンドウの隣に、3Dで少女の姿が投影される。プラチナブロンドの髪は肩よりやや長く、軽くウェーブしている。前髪は伸ばしているのか、左右に分けられておりおでこが全開だ。瞳はヘーゼル。にっこりと笑った顔がとても愛嬌がある少女で、服装はオーバーオールにチェックのシャツだ。農場の作業がしやすそうな格好だが、ワンピースを着たとしても似合うだろう。
「良いんじゃないか? 上手く親父さんと女将さんの血を引いている感じが出ている」
『利発で活発な性格にしたわ。でも、拘るところは拘る、頑固な職人肌も持ってるの』
「それは、麻里奈と話が合いそうだ」
『今日の農場作業が楽しみね』
そう話していると、後ろから声がした。
「農場に何かあるのかな?」
食事を終えた創平が、今日の作業をするためにコンピュータールームへと来たらしい。
「新規にロボットを入れただけだ。麻里奈と憲人にはまだ言っていないから、黙っておいてくれ」
「会ってからのお楽しみってヤツだね。了解」
創平は特に興味を惹かれなかったのか、普段の立ち位置に移動した。
その途中で、譲に言った。
「明日の深夜1時で」
「意外だな」
「何がだい?」
「時間設定が」
「君が提示したんじゃないか。ここのメンバーに接触するなと。それには深夜の方が都合が良いと思ってね。今夜は君が戻らない可能性が高いだろ? なら、明日しかないからね」
「そうか。もう期日だったな」
創平の出向期間は、今日を含めてあと3日だ。
「明後日には一旦、日再の本部へ戻って、翌日にはドイツに帰らないといけないからね」
「せいせいするな」
譲の素直な言葉に、創平はクスクスと笑う。
「面白い所を見られなくて、少し残念だ」
その言葉に、譲はじろりと創平を睨んだ。
創平は展開したウィンドウはそのままに、譲に歩み寄ると、その顎を取り唇を重ねる。
譲は、特に抵抗するでもなく、創平が離れるまでじっとしていた。
「『面白い』ね」
譲が含みを持たせて言うと、創平は何も言わずに元居た位置に戻る。
「どこまで情報を手に入れてるんだ?」
「さあ? どこまでだと思うかい?」
どこまでも喰えない男だ。
譲は溜め息を吐いて、ウィンドウを消すと、トレーニングルームに行くべく、コンピュータールームを後にした。
午後、指定された時間に、譲は本部の一室を訪ねた。それは、幹部メンバーの部屋が集まる一角で、だが、特に華美と言うわけでもない、普通のドアだ。
ノックは要らないと聞いていたので、テレポーテーションで中に入り、開かれたままの、寝室のドアを叩いた。
「やあ、縣君。こんな格好ですまないね」
「いえ、突然面会を依頼したのはこちらですから」
そう言うと譲は、部屋の中の人物――中野良一狼に歩み寄った。
中野は幾分衰弱しているが、まだ話せる状態らしい。だが、立つことや座ることは難しいらしく、半分背もたれを上げた電動ベッドに横たわり、なにやら書類を広げていた。
「君から連絡があるとは思わなかったから、驚いたよ」
「そうですか。と言うか、まだ仕事をしてらっしゃるんですか? お身体に触りますよ」
「なあに。どうせ長くはない身だ。やれることは出来るうちにやっておきたいんだ」
その言葉に、譲が少し眉をひそめた。
「やはり、ウイルスの影響ですか?」
「ああ。その通りだよ」
中野は書類を譲に示すと、ベッドへ身体を預けた。
「これは組織図ですか?」
「私が死んだ後、派閥争いになるのは目に見えている。それ自体は予想内だが、それでこの日本再興機関が空中分解しては困るんだよ。せっかく、小国の日本をここまで立て直したと言うのに」
譲は無言のまま、渡された紙を見る。
そして、目を見張る。
「君の方から来てくれて良かった。でなければ、呼び出さなければいけないところだった」
「これは――何の冗談ですか?」
「冗談なんかじゃないさ。私は本気だよ」
「空中分解させる気としか思えませんが」
中野に渡された紙には、日本再興機関長の欄に譲の名前が入っていた。
「空中分解するかどうかは君の手腕にかかっている。そうだろう?」
「……」
1つ溜め息を吐いて、譲は紙をテーブルへ戻した。
「考え直した方が良いですよ。そもそも、俺はここに思い入れも何もない」
「分かってはいる。……まあ、夢想のようなものだ」
そう言い、中野はもう一枚の紙を見せた。
こちらは日本再興機関長に現副機関長の柳沢碧を据え、組織自体の変更は特に無いパターンだ。
譲は少し安堵した。
まさか真維が言っていた、譲を推す勢力の筆頭が中野だとは思わなかった。中野が正式に譲を指名した場合、中野派の大部分は譲を推す事になる。それと別に、譲に傾倒している人間達もだ。その人数は、ざっと考えても他の勢力を凌ぐ勢いだ。譲としては考えたくも無い事である。
もし仮に、日本再興機関長を継いだ場合、その後のゴタゴタは避けられない。そして、譲はESPセクションだけにかまけてはいられなくなる。
ESPセクションはともかく、『真維』を他人に触らせるのはごめんだ。
そう思うと同時に、胸がチリッとした。しかし、その原因は分からなかった。
譲は紙を中野に返し、言った。
「こちらで問題無いのでは?」
「本当にそう思うか?」
「Betterだとは思います」
「そうか。私はBestを目指したいのだがね」
「それは……、あなたがウイルスに打ち勝つ事だと思いますよ」
譲の言葉に、中野は驚いた顔をして、それから力無く笑った。
「そうか。……そうだな。確かにその通りだ」
中野は遠い目をして、少しの間何かを考えていたようだったが、ふと、思い出したように譲を見た。
「それで、君の用は何だったんだ?」
今回の面会は、譲から申し出たものだった。中野はそれを受けたに過ぎない。
譲はチラリと内部の監視カメラの位置を確認すると、その死角となる場所に『真維』を呼んだ。
「以前、お見せすると約束した、第七シェルターの基幹システム『真維』です」
「わざわざ見せに来てくれたのか。血は繋がっていないのに、似るものだな。縣さんもそういう律儀な所があったよ」
中野は懐かしげに目を細め、『真維』を見た。そして、感嘆の溜め息を吐く。
「これは、生き写しと言っても過言ではないな。生前の彼女にそっくりだ」
『ありがとうございます』
微笑んで真維が礼を言う。
その様子に、中野の目から涙が零れた。
「もう、あれから何年経っただろうか。私も老いるはずだな。……やはり、譲君の心は変わらないか?」
「申し訳ありませんが」
「そうか。残念だ。本当に、残念だよ」
中野は繰り返すと、気を取り直したように笑った。
「ありがとう。最後に良いものを見せてもらったよ」
「……」
譲は何と返したら良いか分からず、沈黙する。
その様子に、中野は部屋の壁に映し出されている森林の映像に顔を向けた。
「そろそろ行くと良い。君には、私なんぞに構っている時間は無いはずだ」
「それは、どういう――」
「少し疲れた。そろそろ巡回の時間だ。行きなさい」
そう言われてしまえば、譲にはそれ以上何も言えない。
「失礼します。御武運を」
そう言い、入ってきたときと同じく、テレポーテーションで部屋を出ると、譲は駐車場へと向かった。
今は1人になりたい気分だった。
3500PVありがとうございます!