37.いつも通り
「今日のトレーニングは午前にるいざと麻里奈、午後は休みだ。憲人はコンソールルームで午前も午後も勉強。克己、午後に憲人の勉強を見てやってくれるか?」
「あ、ああ。OK」
朝食の席に現れた譲は、至って普段通りで、特に何を言うでもなく自分の席に座り、朝食を食べていた。その最中に、唐突に今日のスケジュールを言う所までいつも通り過ぎて、一瞬、克己は昨日の出来事が夢だったのかと思ってしまう。
が、しかし、あえて地雷を踏み抜く趣味はないので、そこはスルーさせてもらう。
すると麻里奈がジャムをたっぷり塗ったトーストをかじりながら聞いた。
「午後、何かあるの?」
「ちょっと本部に行かないといけない用が出来た」
「本部? 珍しいわね」
るいざは譲のマグカップにコーヒーを継ぎ足して言う。
「ああ。そうだ、一応、伝えておく。日再のボスだが、体調不良により職務代理をたてることになった」
「へー?」
「ボスって、誰だっけ……?」
良く解っていない麻里奈に、ボスの名前も知らない克己がキョトンとした顔をすると、溜め息を吐いて、るいざが答えた。
「現在の日本再興機関長は中野良一狼さんよ。で、職務代理者は誰になるの?」
さすが、るいざは日再通信も欠かさず全て読んでいるため、詳しい。
「副機関長の柳沢碧だ。期間は今日からで、いつまでかは未定だ」
譲がメールの内容を伝達すると、るいざは少し心配そうにした。
「確か、中野さんって、35、6よね」
「それで体調不良って、まさか例のウイルスか?」
克己も真剣な顔で聞く。
「詳しくは分からないが、その可能性は高いだろうな」
譲の言葉に、場の空気が重くなる。
すると、憲人が麻里奈に聞いた。
「例のウイルスって、30歳を越えると死亡率が著しく高くなるって言う、戦後から流行っている原因不明のウイルスのこと?」
「そうよ。30歳と言っても、全員一律に必ず30歳ってわけじゃなくて、30歳~40歳の間に死亡する事がほとんどね」
と、思い出したように克己が譲を見た。
「そういや、神崎さんはいくつなんだ?」
「あの人は確か、45くらいだったはずだ。生存してるレアケースだな」
「菖蒲海軍大将は?」
今度はるいざが聞いた。
「まだ40にはなっていない。これからどうなるかは、まだ分からないな」
「千鳥ちゃんは、若いときの子どもだったのね……」
るいざの言葉に、みんな千鳥を思い出してしんみりしてしまう。
しかし、しんみりしてもいられない。
克己が目玉焼きを食べて、クロワッサンに手を伸ばした。
「まあ、職務代理の事は分かった。つっても、俺らには直接関係無いだろうけど」
「それもそうね。それに、ここには年齢が高い人も居ないし、まだ心配はないわね」
麻里奈は食後のコーヒーを飲みながら、ひと息ついた。
「で、譲は会議でもあるの?」
「いや。個人的な用事だ」
譲はコーヒーに牛乳を入れると、それを片手に立ち上がった。
「コンピュータールームに寄ってから、時間になったらトレーニングルームへ行く」
「はーい」
譲が後片付けをしないのはいつものことなので、誰も何も言わずに見送る。
と、麻里奈が創平に聞いた。
「創平ちゃんは? 本部に行かなくていいの?」
「今のところは呼ばれていないからね」
「じゃあ本当に、譲の個人的な用なのね」
「そうだと思うよ」
にっこり笑って創平が肯定した。
「るい、どうした?」
どこかぼんやりした様子のるいざに、克己が気付いて聞くと、るいざは、はっとしたように克己を見て苦笑した。
「ううん。大したことじゃないんだけど」
「けど?」
「うーん。もしね、中野さんに何かあったら、組織改革とかあったりするのかなって」
「ああー。あるかもなあ」
「そうしたら、ここでこうしてるのが難しくなったら嫌だなと思ったのよ」
「確かに。あり得るよなあ」
克己とるいざはテラスをぐるりと見渡す。今日も中央の吹き抜けに植えられている木は元気そうだ。それこそ、人間のちっぽけな思惑など知ったことではないといった体だ。
すると、麻里奈が自分の使った食器を下げながら言った。
「でも、きっとその辺は譲がなんとかするわよ」
「するかあ?」
「すると思う。多分!」
勢い良く付け足された言葉に、つい笑ってしまう。が、るいざも克己も、何となくそう思ってはいる。譲が、なんとかしてくれて、この生活が続くだろうと。
「ま、とりあえずは、トレーニングを頑張りますかね」
克己がコーヒーを飲んで言った。
「そうね。ここであれこれ悩んでるより、身体を動かしてた方が良いわね」
るいざも食器を片付けつつ、言う。
「そうそう。結局は出来ることを頑張るしかないのよ」
「なんか、達観したような事言ってんじゃん」
麻里奈の言葉に、克己が笑って突っ込む。
「そりゃあ、大人の知的な女性ですから!」
胸を張って宣言した麻里奈に、克己が吹き出す。それに心外だと麻里奈がいつも通り怒って、ESPセクションの今日は始まった。
コンピュータールームへ入った譲は、いつもの場所に立つと、近くのテーブルへマグカップを置いた。
そしてウィンドウを立ち上げようとしたとき、目の前に真維が現れた。
『おはよう、譲』
「おはよう、真維。何か用か?」
真維がこうして、呼ぶ前に表れるのは珍しい。
『本部に行く前に、耳に入れておきたい情報があるわ』
「何だ?」
『派閥争いの勢力は3つじゃない』
譲が驚いて目を見開く。
その譲を指差して、真維は言った。
『四つ目の派閥、それは譲――あなたを推す勢力よ』