35.パーティー準備
譲の予想通り、翌日の午後のトレーニングは、誕生会の準備のため休みになった。
メインは食事会のため、るいざが音頭をとって麻里奈と克己がそれを手伝っている。
「にしても、ビュッフェ形式とか、珍しくて良いな」
「でしょ? 品数が多くなるから手間が増えちゃって普段は出来ないし、良い機会だなと思って」
「ビュッフェなんて、戦前に家族で行ったきりだわ。懐かしいなあ」
麻里奈が小さなオムレツをいくつもつくっていると、克己が聞いた。
「そういや、浩和は呼ばなくて良かったのか?」
「いいわよ。北海道からわざわざ来るほどの事でもないし。なにより、創平ちゃんと会うとうるさそうだし」
「浩和、シスコンだからなあ」
「そろそろお姉ちゃん離れして欲しいわ」
しみじみと麻里奈が言った。
麻里奈は誕生日が過ぎていると言うことは、22歳になっていると言うことだが、外見上は成長期でもないためほぼ変化はなく、相変わらず中学生くらいに見える。
そのため、そう言うセリフを言うと、なんだか面白く感じてしまい、克己は笑いをかみ殺した。
「姉離れはともかく、浩和を最近見てないから、久し振りに会いたい気はするな」
克己の言葉に、麻里奈が首を傾げる。
「そう? 会っても変わったことは無いと思うわよ?」
「そうだろうけど、なんとなくな。ちなみに、浩和の誕生日はいつなんだ?」
「11月23日よ」
「お、ちょうど良い時期じゃん。浩和呼んで、サプライズパーティーでもするか?」
「良いわね! 楽しそう!」
るいざが賛成を示した。
「克己、そろそろパエリアが出来ると思うから、見てくれる?」
「OK」
克己はフライパンの蓋を開けた。ふわりと広がる湯気と良い香りに、よだれが出そうだ。
「よさそうだぜ?」
「じゃあ、こっちに移して、フライパンは洗ってくれる?」
「OK」
具材を避けて、まずはライスからバットへ移していく。そして、見栄えが良いように、タコ、イカ、白身魚、エビにムール貝を配置する。
「こんな感じでどうよ?」
「うん、いい感じ。やっぱり克己はセンスが良いわね」
「Thanks」
克己はバットに蓋をすると、テーブルを並べた所に運んでいく。
「ねえ、るいざ。オムレツはこのくらいで良い?」
「1、2……うん、十分よ。ありがとう、麻里奈」
「じゃあ、ついでにスクランブルエッグも作っちゃうわね」
「お願い」
麻里奈は残りの卵液をフライパンへ注ぐと、勢い良くかき混ぜた。
昨日の夕食がすき焼きだったので、今日のパーティーは洋食がメインだ。
パエリアにパン、パスタ(パスタソースはミートソース、カルボナーラ、カレーの3種類)を主食に、メインディッシュは若鶏の香草焼き、ミニステーキ、カツ、白身魚のムニエル。そして、サイドメニューとして、グリーンサラダ、ポテトサラダ、海藻サラダにドレッシングが和風、チョレギ、オニオン、シーザー。それから、オムレツにスクランブルエッグ、肉団子のビーフシチュー煮込み、ソーセージ、グラタン、ほうれん草とコーンのバターソテー。汁物は、具だくさんのコンソメスープ、コーンポタージュ、クラムチャウダー、ビーフシチュー。そしてデザートに、小さいサイズのショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、フルーツタルト、チーズケーキ、プリンが用意されている。
メニューから、るいざの力の入れようが分かると言うものだ。まあ、克己と話していたらテンションがあがってしまい、止める者が居なかった結果とも言うが。
とても6人で食べきれる量ではないが、どれも冷凍保存出来るものばかりなので問題は無い。
そうこうしているうちに、今度はオーブンが鳴った。鶏は克己が担当しているため、ミトンを手にはめ、オーブンから鶏を取り出す。
「うん。バッチリ!」
周りに敷き詰めた温野菜も良い感じである。
るいざはそれを横目に、ビーフシチューの火を止め、鍋ごとテーブルへと運んだ。
一つずつテーブルへ移動しないと、キッチンの調理スペースが足りないのだ。
「デザートはもう出来てるし、後は運ぶだけかな?」
「取り皿も運ばないとだな」
「それとカトラリーも」
バタバタと慌ただしく3人が支度していると、そこにちょうど憲人が農場から帰ってきた。
「ただいま~」
「おかえりー」
異口同音で返事が返る。憲人は、3人の様子を見て、言った。
「何か手伝おうか?」
「お願い~」
「助かるわ」
「なにすればいい?」
「とりあえず手を洗ったら、カトラリーを運んでくれる?」
「了解」
憲人はテラスの洗面台で手を洗うと、キッチンに用意されていたカトラリーを運び始めた。
その頃、譲と創平はコンピュータールームに居た。創平はシステムを組む作業を、譲は質問に答えながら、第七シェルターのメンテナンス作業をしていた。
と、創平が手をとめないまま、譲に聞いた。
「先日の話だが、良い返事は貰えそうかな?」
先日の話とは、『プランツ・レリック』の人間をここに呼びたいという件だろう。
譲は創平を見もせずに答えた。
「対価が釣り合わない」
つまり、『断る』と言うことだ。
日再にバレないように、プランツ・レリックの人間を呼ぶには、この間の中野の件だけでは、割が合わない。
「そう言うと思ったよ」
「当然だな」
「では、憲人の件を黙っている報酬としてはどうだい?」
「……」
まさかここで憲人の件を持ち出して来るとは思わなかった。なんとなく黙っているのかと思っていたが、カードを切るタイミングを計っていただけらしい。
これは分が悪い。
譲は溜め息を吐いて、言った。
「常駐は無理だ。1時間程度の滞在だ」
「上等だね」
「それから、1つ条件がある」
譲が付け足した言葉に、創平がチラリと譲を見た。
「なんだい?」
譲は相変わらずウィンドウを見たまま、言った。
「ここの人間と接触しないこと。以上だ」
「成る程ね」
ここの人間と会うと色々面倒な事になる。そもそも、目的すらはっきりしないのだ。
創平はある程度予想していたのか、ニヤリと笑った。
「良いだろう。日は僕がここに居る間だ。正式に決まったら君に伝えるよ」
「ああ」
譲はウィンドウをメールに切り替え、メールチェックを始める。
「それで、どこを見に来るんだ?」
「可能なら建物全体だが、主にはここと処理棟だね」
「キャンプでも造るのか?」
「さてね?」
創平ははぐらかしたが、その可能性は高いだろう。
キャラバンは基本的に移動していて、おおよその領地らしき物はあっても、定住地は持たない。それが、システム周りと処理棟をメインに見る時点で、プランツ・レリックが定住地を持とうとしている可能性が生まれる。
定住地を持つと言うことは、領地を造ると言うことで、つまりはヨーロッパ連盟や日本再興機関のような、新たな勢力として名乗りをあげることになる。
厄介な事に巻き込まれたな。
譲は溜め息を吐き、メールを開いた。
『中野良一狼日本再興機関長の職務代理について』というタイトルのメールを。