34.記念日
憲人を除く5人が揃って、夕食が始まった。
鍋は麻里奈と創平で一つと、譲、克己、るいざで一つに分かれた。
第一陣はざっと煮てあるので、追加は各自である。正式な作り方からすると、大雑把だが、細かいことを言う人間はここには居ない。
「少し寒くなってきたから、鍋物も良い季節になったよな」
克己が肉を小鉢に移しながら言うと、麻里奈も同意した。
「本当よね。温かい食べ物が美味しい季節になってきたわ」
「もう10月だからね。――そういえば、気になっていたんだけど」
「なあに?」
創平がふと思い出したように聞いた。
「ここのメンバーは、誕生日や記念日を祝ったりはしないのかい?」
「「え」」
るいざと克己が揃って驚く。その脇で、しれっと譲が言った。
「しないな」
「そうなんだね。憲人の七五三をしたって言っていたから、てっきり誕生日も祝うのかと思っていたよ」
「誕生日なんてどうでも良いだろ。そもそも覚えてないし」
「いいえ! 良くないわ!」
譲の言葉にるいざが反論した。
「ただでさえ変化に乏しい地下暮らしなんだもの! 誕生日や記念日を祝わなくてどうするのよ!?」
「そうだ! せっかく騒げる上にご馳走が食べられる機会なんだから、大事にしようぜ!?」
るいざに克己が便乗する。
2人の余りの勢いに、譲が思わず後ずさった。
すると、克己は創平に聞く。
「ドイツではどうしてるんだ?」
「同じチームのメンバー単位で、誕生日にささやかなパーティーをしているよ」
「ほら! うちも見習うべきよ!」
いつにないるいざの勢いだが、これは恐らく、呑める機会は少しでも多い方が良いだけなのではないだろうか。と、譲は思ったが、口には出さず、違う事を聞いた。
「見習うのは良いが、一番近い誕生日なのは誰だ?」
「俺は1月だな」
「私は8月」
すると、そろそろと麻里奈が手を挙げた。
「私かも。9月だから」
「9月のいつだっけ?」
「21日」
「過ぎたばかりじゃない!」
「お前、何で言わないんだよ!?」
るいざと克己に怒られて、麻里奈も驚く。
「だって、今まで誰の誕生日も祝ってなかったし、自分から言うほどの事でも無いし、今年は創平ちゃんが祝ってくれたから、それで満足って言うか……」
「なんだって!?」
克己が創平をキッと見る。
「1人だけ祝うとか、ズルいだろ!」
しかし、創平は飄々と言った。
「僕は麻里奈の恋人だからね。恋人の誕生日くらいは当然祝うよ」
「正論すぎて反論できねえ……」
やりこめられた克己の隣で、るいざがポンと手をたたいた。
「そうだ! 明日、麻里奈の誕生会をしましょう!」
「ええ!?」
麻里奈が驚いて声を上げる。譲は面倒くさそうな顔をして、すき焼きのネギとえのきを小鉢に移している。が、譲が止めないと言うことは、やっても良いという事だ。そう判断した克己はるいざを見た。
「どうせなら、るいの誕生会も一緒にしようぜ?」
「え、私の?」
突然の話に、るいざの勢いがピタリと止まる。
「でも、私の誕生日はもう1ヶ月以上過ぎてるし」
「少しくらい誤差だって。それに、これを逃すとほぼ一年くらい待たないといけないじゃん? 祝える時に祝っておこうぜ!」
「そうだね。この御時世、何があるか分からないしね」
創平も賛成を示す。
「そ、そうかな?」
「そうよ! せっかくなんだし、私と一緒に誕生日を祝ってもらいましょう!?」
主賓の麻里奈にそう言われては断れない。
「じゃ、じゃあ、明日は麻里奈と私の誕生会ね」
「おう!」
「やったー! 今日のすき焼きに続いてご馳走ね!」
麻里奈がよく味の染みた白菜を食べながら喜ぶ。が、そこで譲が言った。
「誕生会は良いが、手伝わないからな」
「大丈夫! 譲には期待してないから!」
さらりと、何気に酷い台詞を克己が言うと、るいざを見た。
「俺が作ろうか?」
「うーん。克己にもお願いするけど、私も作るわ! パーティー料理なんて、なかなか作る機会が無いから、楽しみ」
「なら良いけど」
「るいざ。私も手伝うわよ! パーティーの準備って楽しそう!」
麻里奈も乗り気で、そう申し出た。
譲は肉を咀嚼しながら、心の中で溜め息を吐いた。
明日のトレーニングは、午後は休みだなと思いながら。
食事が終わり、片付けをしながら明日のメニューについて話し合うるいざと克己に、憲人への夕食を持って創平と部屋へ向かう麻里奈、そして、譲は住居ブロックの一角にある、ライブラリーと呼ばれる場所に来ていた。
住居ブロックには、当然だが主に住居が集まっている。1人暮らし用の1K~ファミリー用の4LDKまで、間取りや構造も多種多様だ。
そして、住居ブロックは5フロアから構成されており、各フロアの一番奥には、大型の施設が設置されている。
1階には娯楽施設、2階にはマッサージチェアやアロマなどのリラクゼーション施設、3階には大浴場、4階にはライブラリー、5階には映画館といった具合だ。
そして、それと別に、2階と4階には、住居ブロックの入り口付近にコンビニがある。
現在は主に4人のみ所属しているこの第七シェルターは、本来、ファミリー層も含む250名程を収容出来、勤務は4交代制の24時間稼働の施設を想定して造られている。
譲以外には、おそらくるいざくらいしか使用していない施設の一つが、ライブラリーだ。
この御時世なので、『本』は無いが、読書スペースや、真維の蔵書の一覧を、昔の図書館のような形で見られる、擬似図書館のようなものである。
かく言う譲も、たまにしか来ない。実際のところ、自室でも同じ内容の物は見られるので、ここまで来る意味は余りないのだ。
ただ、気分を変えたいときに来るだけだ。
譲は、本棚の間を歩いて、プレートを確認していく。
調べ物がいくつかあったので、ここでゆっくりしようと思ったのだ。
「とりあえず、名前……」
農場のロボットの名前を付ける為に、名付けの本を探していく。
そして、ピックアップをしては、ざっと見て、閉じるを繰り返す。適当に付けて構わないのだが、るいざの勢いに押されるあたり、律儀な所もある。
「ケイト……。捻りが無いな。シャーロット……ソフィア。……ソフィアで良いか」
農場の新しいロボットの少女は、ソフィアに決まったらしい。
「次は、ウイルスの新規論文を」
棚の中身が一気に入れ替わる。そして、プレートも『新着』に変化する。こういった所は、現代式だ。
譲は近くの踏み台に腰掛けると、新しい論文を片っ端から目を通していった。
「憲人、大丈夫?」
部屋に戻った麻里奈が聞くと、ベッドの中から憲人が顔を出した。
「うん。痛いだけだから」
「そうかあ。早く良くなるといいんだけど。ご飯、食べれそう?」
麻里奈は持ってきたトレイを憲人の枕元のサイドボードに置いた。
「いい匂い。なんだか急にお腹が空いたかも」
「食べれそうなら食べた方が良いわ。今日はね、すき焼きよ。憲人に手伝ってもらって解体した牛さんのお肉が入っているわ」
「そうなんだ。じゃあ食べる」
憲人は身体を起こしてベッドに座ると、箸を手に取った。
「いただきます」
「どうぞ」
なんだかんだいって、お腹は空いていたらしく、憲人は勢い良くすき焼きをたいらげていく。
「そう言えば、明日の夕食は誕生会をする事になったから、身体が辛くなかったら、憲人も出てね」
「誰の誕生会?」
「私とるいざの。もう過ぎちゃってるんだけど、せっかくだからって」
「そうなんだ! おめでとう! 絶対参加する!」
「ありがとう。でも、無理はしないでね」
「うん。多分大丈夫!」
憲人はニッコリと笑うと、すき焼きに入ったうどんを美味しそうにすすった。