32.情報の取引
夕食まで、まだ時間があるため、譲は創平の様子を見ようとコンピュータールームへと向かった。
中に入ると、創平はいつもの場所に居た。
そして、視線をウィンドウに向けたまま、譲へと問いかけた。
「第3セクションからのバイパスが上手くいかないんだが、解るかい?」
「ああ、元の構文がそもそもおかしかったはずだ。適応するようにツールを挟むより、元の構文を直した方が、後々楽になる」
「どの部分だい?」
譲はいつもの定位置に立つと、ウィンドウを一気に起動した。そして、いくつかは創平のウィンドウと共有で開く。
「この辺りだな。110行目から380行目、それからここに紐付いているブロックと――」
「それだけ把握してるなら、任せてもいいかな?」
「高いぞ?」
いくら譲とて、タダで手を貸す気はない。
すると、創平は少し考えて、言った。
「機密情報ひとつでどうだい?」
「OK」
交渉成立とばかりに、譲がプログラムを書き換えていく。
実際のところ、この程度の修正は、譲にとっては難しくもない。ただ、少し面倒くさいだけだ。
「終わったぞ。テストしてくれ」
「相変わらず、早いね」
そう言って、創平が今していた作業を中断して、第3セクションからのバイパスにサンプルデータを流す。
「問題無し。完璧だよ」
創平が感心したように言った。
やはり、譲のコンピューター技術は、他に類を見ない水準の高さだ。
「で、情報は?」
譲が創平に聞いた。
こういう、ドライな所も、創平が譲を気に入っている部分である。
「そうだな。――最近、日再の上層部に動きがあるのは知っているかい?」
「――いや。どんな動きだ?」
「派閥争いの一環だね。中野機関長を推す派閥と、現在副機関長をしている柳沢を推す柳沢派、そして軍部を推す一條派。この3つの争いが激化している気配がある」
「なぜ急に?」
これまでも、その派閥があることは譲とて知っている。隙あらば主導権を取ろうと画策するも、中野良一狼の手腕で黙らせていたはずだ。
と、譲が創平を見た。
「まさか――」
創平は譲を見ると、ニヤリと笑った。
「その『まさか』だね」
「……」
中野の年齢は既に35歳を越えている。ウイルスの影響を受けるには十分すぎる年齢だ。
そして、派閥争いが激化しているということは、中野の体調が思わしく無いと言うことだろう。
恐らく、情報を伏せられてはいるが、先は短いに違いない。
創平がどこからこの情報を得たのかは分からないが、先ほどの作業の対価としては、十分すぎる情報だ。むしろ、お釣りが出る。
そして、それだけの情報を譲に告げたという事は、創平の『望み』も、恐らくまだあるということだ。
譲は、小さく息をついて、精神をフラットに戻すと、創平に聞いた。
「で、十分すぎる情報の対価に何を望むんだ?」
「さすが、話が早くて助かるよ」
創平はにこやかに、ウィンドウへ視線をやった。
「1人、日再にバレないように、ここに呼びたい人間がいる」
「それは一時的なモノか?」
「可能なら常駐だが、さっきの情報では足りないだろう?」
「ああ」
さすがにさっきの情報だけで、知らない人間を、しかも日再に秘密裏に常駐させることはできない。
すると、創平は予想通りだったようで、代替え案を提示した。
「ひとまず、見学程度で構わない」
「日再にバレたくない人間ってことは、どこの所属なんだ?」
ドイツなら、日再を通じても問題は無い。ヨーロッパ連盟も同じくだ。
かと言って、アメリカ連合軍も中華統一軍も、考えにくい。
譲の問いに、創平はウィンドウを閉じると、譲を見て微笑んだ。
「キャラバン――と言えば分かるかな?」
その言葉に、譲が目を見開いた。
キャラバンとは、昔は隊商のことを示していたが、現在はレジスタンスやテロリストの側面も持ち合わせている、自治組織のようなものを示している。そして、キャラバンと一口に言っても色々ある。が、大きなキャラバンに共通する事は、世界のどの国にも属さず、独自の戦力を持ち、各々の目的を掲げ、自治組織として機能しているという点だ。
そして、その最大のものが――。
「プランツ・レリック」
「さすが、良く知っているね」
創平は人好きのする微笑みを浮かべたが、譲は創平を睨んだ。
「そんな所の人間が、ここに何の用があるんだ?」
「そこまでは答えられないな」
譲は、舌打ちすると、ウィンドウをすべて消した。そして、創平に詰め寄ろうとしたとき、創平はくるりと踵を返した。
「そろそろ夕食の時間だね」
「……っ」
「さあ、夕食に行こうか?」
そう言う創平は、どこから見ても普段通りの創平だった。