31.憲人の成長期
トレーニングが終わるより、一足先に、憲人の勉強が終わる。
午前3時間、午後2時間、休み時間を挟んで5限まであり、基本、毎日、全科目をこなすことになる。
ちなみに今は小学校4年生の範囲を学習しているが、身体はどうやら成長期を迎えたらしく、身長の伸びが著しい。
目に見えて身長が伸びているので、まるで春の竹の子のようだ。
そして、最近は咳払いをする事が増え、口数も減ってきた。おそらく声変わりだろう。
しかし、反抗期らしきものは未だ見受けられない。麻里奈の言うことも譲たちの言うことも良く聞くし、麻里奈やるいざの手伝いも進んでしている。まるで良くできた息子を、絵に描いたような姿だ。
譲には逆にそれが引っかかっていたが、手がかからないのは正直ありがたい。そう思い、スルーしていた。
今日も、午後の授業が終わると、急いで農場へと向かう。
「気を付けて行けよ」
「うん」
返事をすると、憲人はコンソールルームから出て行った。
少し、身長に対して精神の成長が追いついていない感はあるが、仕方ないだろう。
「そう言えば、そろそろウイルスの影響を受ける頃だな」
原因不明の例のウイルスは、一度目は中学生くらいの年齢でかかる事が多いらしい。
ウイルスが蔓延したときに生存していた人間はこの限りではないが、アメリカのウイルス研究班の出している論文によれば、14歳くらいを境目に、それ以下の年齢の者はウイルスの影響を受けていないと思われると、報告されていた。そして、14歳くらいから18歳くらいまでの間に、ウイルスに感染し、一定確率で特殊能力を得る者が出現するらしい。
そして、このウイルスは二度、身体に変化をもたらす。一度目は感染したとき。そして二度目は、30歳くらいを超えた時だ。
この二度目が身体にもたらす変化により、ウイルスに感染した者の約99%が死亡する。そして、ウイルスを防ぐ手立ては今のところ無い。
ただでさえ地球の環境破壊が進み、少子化が進んだ地球で、このウイルスが発生したのは、神の裁きだと言う者も居るという。その気持ちは解らないでもない。
だとしたら、ウイルスによって能力を得た者たちは、パンドラの箱に残った希望だとでも言うのだろうか。
譲が物思いに耽っていると、トレーニング終了の音がした。
今日の午後のトレーニングは、るいざと克己の2人である。
実戦を行うとしたら、どうやったって連携は必要になる。そのため、色んな組み合わせで連携の練習もしているが、能力のバランスで言えば麻里奈と克己が最も相性が良くて、単純な相性で言うなら克己とるいざが一番良い。これは多分、今までの病院で培った信頼関係の賜物だろう。
「おつかれさん」
「おー。今日は良い感じだったと思うけど、どうよ?」
「タイムも、精度もかなり良い数値が出ているな」
「だろ?」
肩で息をしながらも、ニカッと笑って克己は言った。一方るいざはというと、床にへたり込んで、ぜーはーと息をしている。
「今日はるいざも攻撃がいい感じだったな」
「あり……がと……」
克己とるいざの組み合わせは、守備に特化していて、攻撃には不向きだ。しかし、せめて身を守れるくらいの攻撃力は無いと、話にならない。克己の能力に攻撃手段が無い以上、るいざが必然的に攻撃せざるを得ないが、性格上、なかなか難しい。
だが、今日の結果は上出来と言えるだろう。
克己は消耗が激しいるいざに、水とタオルを取ってきて渡す。
「ありがと……」
るいざが勢い良く水を飲むのを見て、克己も水のボトルを開けながら言った。
「俺にも何か、攻撃手段があればいいんだけどな」
さすがに女性のるいざに任せっきりなのは、克己としては気になる。
「本番では武器も持つから、また違った戦闘になるとは思うがな」
「ああ、そっか。じゃ、俺は普通の武器をマスターするかな」
「そういう手もあるな」
「そういう手も? 他に何かあるのか?」
譲の言い方に、克己が首を傾げた。
すると、譲はウィンドウに何やら入力しながら言った。
「植物を使う方法について、もっと広げてみても良いかもしれない」
「ってゆーと?」
「蔦で拘束したり、蔦や葉を硬化させて相手を切り裂いたり貫いたり……出来そうじゃないか?」
「なるほど。蔦を普通に使うんじゃなく、戦闘に沿った形状にするわけね」
「まあ、俺の勝手な想像だから、可能かどうかは解らん」
「いや、なんとなく出来そうな気がする。ちょっとまたしばらくトレーニングしてみるわ」
「あと他に、毒を持つ植物の種を手に入れるという手段もある」
「お前、良くそんなに色々思いつくな」
「お前が先入観に捕らわれすぎているんだ」
「そう言われると耳が痛いけどな」
克己は苦笑しつつ、ボトルの水を飲んだ。
すると、座ったまま、るいざが譲を見上げた。
「私には何かアドバイスないの?」
出来るかどうかは解らなくても、他人がアドバイスを貰っていると、自分も欲しくなるというものだ。
すると譲は少し考えて言った。
「るいざの場合、テレパシーの応用を覚えた方が良いな」
「応用?」
「人との対話は出来てるから、映像や音を共有出来るようになると、便利になる。特に、麻里奈の透視と組み合わせれば、敵の情報を一気に共有出来るようになる」
「それは便利そうね!」
るいざが目を輝かせたが、譲は淡々と言った。
「まあ、それ以前に、もう少し全体的な能力の底上げが先だな。このままじゃ、能力妨害装置があったら、無効化されて詰むぞ」
「う……」
全体的な能力の低さを指摘され、るいざはがっくりとうなだれた。
それをフォローするように、克己が譲に聞いた。
「俺も能力の底上げした方が良いのか?」
「いや。克己のシールドは折り紙付きだからな。そのシールドが破られるようなら、諦めた方が良い」
「褒め方が物騒だなおい」
「事実だから仕方ない。まあ、テレポーテーションは上げても良いかもしれないけどな」
「OK」
課題を貰って安心するというのも変な話であるが、譲が道を示してくれるのは、克己に限らず、安心感をもたらしていた。これが自分だけでどうにかしようとしたら、何から手を着けて良いかも分からない。まあ、それも、譲を信頼しているからこそだが。
克己は、にっと笑うと、譲の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「っ……!? 何だ突然!?」
慌ててその手を振り払って、譲が克己を見た。その目を見返して、克己は言った。
「お前が居て良かったよって話!」
「は? 意味がわからん」
「じゃ、そーゆーことで」
「おい、克己!」
言うだけ言うと、克己はトレーニングルームを出て行ってしまう。
後に残されたのは、なにがなんだか分からない、髪がボサボサになった譲と、クスクスと笑うるいざの2人だけだった。