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30.創平ちゃんは?

 今日の午前中のトレーニングは麻里奈だった。

 麻里奈はトレーニングルームに行く前に、コンソールルームへ寄り、そこに譲と憲人の姿しか無かったことに、首を傾げた。


「創平ちゃんは?」

「システム開発に重点を置くそうだ。コンピュータールームに居る」

「えー? トレーニング見てくれるとばかり思ってたのに」

「残念だったな」

「本当だわ……」


 麻里奈はしょんぼりしながら、トレーニングルームへと入っていく。その背中が余りにも哀愁が漂っていたため、譲は憲人を真維に任せると、同じくトレーニングルームへと入って行った。


「そう言えば、聞こうと思ってたんだが」

「なに?」

「お前と創平は、案外ビジネスライクな関係に見えるが、本当に付き合ってるのか?」


 ずっと一緒に居たり、2人きりになったりしているようには見えないし、お互い、自分を優先しているように思える。

 が、麻里奈は何を当たり前のことを言っているのかといった顔で答えた。


「付き合ってるわよ?」

「創平もそう言っているのか?」

「言ってるけど? どうしたの? 恋愛相談?」

「いや、それは無い。それなら良いんだ。少し気になっただけだ」

「そう? 恋愛相談ならいつでも言ってね? 力になるから。あ、でも、創平ちゃんが相手だったら、いくら譲でも渡さないからね?」

「それだけは有り得ないから安心しろ」

「創平ちゃんが素敵な人だから、安心しきれないのが悩みの種よね」


 いったい、麻里奈の目には創平がどう写っているのか、疑問の限りである。

 が、それ以上話を続ける気力も無く、譲がコンソールルームへと戻ろうとしたとき、思い出したように麻里奈が聞いた。


「そう言えば、私たちが外に出るのは自由なのよね?」

「ああ。何か用でもあるのか?」


 唐突な話題転換に、譲は足を止める。

 すると麻里奈はストレッチしながら言った。


「用って程じゃ無いんだけどね。憲人がまだ外を見たことが無いから、見せてあげたいなと思っ……」

「却下」

「まだ最後まで言ってないのに!」

「麻里奈が外へ出るのは自由だが、憲人はダメだ」

「えー!? 何でよ!?」


 譲は手元で小さなウィンドウを操作し、コンソールルームへ音が届かないようにすると、麻里奈に向き直った。


「憲人はここの個体登録はされているが、日再にはまだ登録していない」

「それは解ってるけど」

「だから、この施設の出入りのログが残ると困るんだ」

「あ」

「しかも、外から来たならまだしも、中から出たんじゃ余計にだ」

「でも、そのくらいなら真維が何とか誤魔化せない?」


 こういう時は頭の回る麻里奈である。


「誤魔化すことは出来るが、今は避けたい。せめて、創平が帰るまでは」

「何でそこに創平ちゃんが出てくるの?」

「創平の能力なら、誤魔化したログを戻すくらいは朝飯前だからだ」

「さすが創平ちゃん! って、でもいまさらそんなことしないでしょ。今だって憲人の事を黙ってくれてるんだし」

「俺には、麻里奈ほど創平を信用出来ないからな。懸念事項はひとつでも減らしたいのが実情だ」

「む~……」


 麻里奈は唇を尖らせて考えていたが、やがて諦めたように言った。


「じゃあ、創平ちゃんが帰ってからなら良いのね?」

「一応はな」

「解ったわ。それまで我慢する」


 麻里奈がしぶしぶ承諾した。

 それを見て、譲がもう一つの案を提示する。


「まあ、それか、憲人の成長が一段落したら構わない」

「一段落?」

「今は成長しているが、ある程度までいけば、普通は成長が止まるだろ? 身長とか体格とか」

「そうね。いくらなんでも伸び続けたりはしないでしょうね」

「そうしたら、やや強引になるが、人員登録しても構わない。そうすれば、少なくともここの出入りは自由になる」

「それって、非戦闘員ってこと?」

「ああ。何か仕事はしてもらうことになるがな」

「譲って、案外、憲人の事を考えてくれてたのね……」

「そりゃ、考えるだろ」


 普通の人間ならともかく、憲人は特異体質だ。そして、ここで面倒を見てる以上は、最低限は気にするに決まっている。

 が、麻里奈にとっては意外だったらしく、なぜか突然手を握られた。


「ありがとう、譲! 見直したわ!」


 握られた手をブンブンと振られ、譲は顔をしかめる。が、そんなことにはかまわずに、麻里奈は譲を感謝の目で見た。


「嬉しいわ! やっぱり持つべき物は頼れる上司ね!」


 何か違うと思ったが、譲は無言のまま、手を振りほどいた。


「とりあえず、もうしばらくは大人しく農場で過ごしていてくれ。出られるようになったら言う」

「解ったわ!」


 麻里奈は元気よく返事をすると、ストレッチの続きを始めた。






 そして、午後のトレーニングはるいざだった。


「あれ? 西塔さんは?」

「どうしてみんな同じ事を聞くのか」

「だって、いつも居たから」

「残りの期間はシステム開発に重点を置くそうだ。トレーニングルームで会うことはないだろ」

「そう。良かったわ」


 るいざはほっとした様子で、持ってきた水とタオルを部屋の隅に置いた。


「相変わらず苦手なのか?」


 譲が聞くと、間髪入れずにるいざが答えた。


「うん」

「即答だな」

「だって、怖いんだもん」

「慣れたりはしないのか?」

「うーん。慣れる人もいれば、慣れない人も居るわね。でも、あの人は絶対、慣れないと思うわ」


 断言されてしまった。

 まあ、譲としては、るいざが創平を嫌おうが嫌わまいがどうでも良いところだが。

 それよりも、気になっている事がある。


「憲人のことはどうだ?」

「うーん……」


 以前、るいざは、憲人を他の子どもと同じように好きになれていない事を気にしていた。

 その後、時間も経った事で変化があったかと思ったのだが。


「やっぱり、麻里奈や克己みたいに憲人のことは思えないわね。どうしてなのかは解らないけど……」

「そうか」

「あ、でも嫌いとかじゃないのよ? なんだか、上手く説明できないけど、ちょっと苦手って言うか、なんとなく違和感って言うか」


 るいざは慌てて言葉を探すが、上手い表現が見つからなかったようだ。


「まあ、良いんじゃないか? 誰も彼も好きになる方が難しいしな」

「うん……。でも、やっぱり薄情なのかな?」

「そうでもないだろ」


 るいざは憲人に限らず、創平に対してもそうだが、自分の感情だけで行動する事はしない。食事の支度も片付けも、話も、けして手を抜いたり、嫌がらせをしたりはしない。みんなと同じように、平等に世話をしている。

 るいざに比べれば、譲の方が、余程感情で動いている。


「るいざは真面目すぎる。もう少し肩の力を抜いて考えても良いと思うぞ」

「そうかなあ?」

「ああ」


 そう答えると、譲はコンソールルームへと向かう。

 その背に、るいざが聞いた。


「譲」

「なんだ?」

「譲は西塔さんのこと、好きなの?」


 思いもよらぬことを聞かれ、譲は振り返った。


「いや……」


 好きか嫌いかで聞かれると、好きではないという回答になってしまう。

 嫌いではない。だが、好きでもない。ただ、興味はある。

 が、そう答えるのは何となくはばかられた。

 譲は一呼吸置くと、るいざに背を向け答えた。


「麻里奈みたいには、なれないな」

「……そう」


 るいざの、イマイチ納得していないような返事を背で聞き、譲はコンソールルームへと入っていった。

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