28.休日①
創平の滞在期間があと一週間となった。
今日はトレーニングが休みの日である。
譲は朝食を終えると、一度部屋に戻ってから、コンピュータールームへと行った。
すると、そこには既に、創平の姿があった。
「早いな」
「あと一週間しかないからね」
「もうほとんど得る物は無いんじゃないか?」
「基本的な事は、ほぼ得られたけれど、やっぱり『真維』に関する部分が、どうにも歯が立たなくてね」
「別に『真維』を移植する必要は無いだろ? そっちのメインコンピューターシステムも、安定して稼働してるんだろ?」
「一応安定はしているが、旧来の物に付け足し付け足しで、把握が困難になっているんだ。出来れば新しいシステムを組みたいと思っているんだが、そうなると、『真維』が欲しくなるんだよ」
「アンタが使うとしたら、複数起動して多数決も取り入れるんだろ?」
「そうだね。一体のみに頼り切るのはリスクが大きい。もちろん、『真維』を信頼していない訳じゃないけどね」
「解っている。リスクについては俺も把握しているからな」
譲はいつもの場所に立つと、ウィンドウを一気に立ち上げた。
そして、メールチェックをしていく。
「『真維』じゃなくても良いなら、作りかけのシステムがあるが、見るか?」
「ぜひ」
「そっちに送る」
創平の周りに、ウィンドウがいくつか展開された。
そのうちの一つには、既に動作しているコンソールが示される。
「これはどうしたんだい?」
「『真維』の前段階で作ったシステムだ。と言っても、『真維』を作る際には理論から一新したから、そこから『真維』を作ることはできないがな。ただ、今ウチで動いている他のシステムとは相性が良い」
創平はプログラムをざっと見て、少し考える素振りを見せた。
「これは君が1から作成したものかい?」
「いや。日再のシステム部門が作成していた物に、俺が手を加えたものだ」
「なるほど。道理でウチのシステムに似通ったコードだと思ったよ」
「ああ。そうかもしれないな。なら、役には立たないか」
譲がウィンドウを消そうとしたが、創平はそれを止めた。
「いや、君が手を入れた部門は役に立つよ。これならその部分が分かりやすくて良い」
「そんなに俺のコードは解りやすいか?」
「かなりね」
「今度、迷彩を憶えるようにする」
「君が隠す気になったら、それこそ本当に解らなくなってしまうから止めてくれないか?」
創平は笑いながら言った。
「ひとまず、コレを分析することにするよ」
「ああ。俺も別の作業をしているから、何かあったら聞いてくれ」
「了解」
そう言うと、2人はそれぞれ無言のまま、別々の作業に集中し始めたのだった。
一方、朝食の片付けを終えたるいざと克己は、テラスでのんびりとお茶をしていた。
今日は、麻里奈が農場で摘んできたベリーの入った、ベリーティーと、るいざが試作したマカロンをおやつに、世間話に花を咲かせている。
ちなみに麻里奈と憲人は農場へ行ってしまったので、はじめも話しに参加している。
「そう言えば、今度、農場に女の子のロボットを配置してくれるんだって」
るいざが嬉しそうに言った。
「何それ、初耳。何でるいざが知ってんの?」
「頼んだのが私だからじゃないかしら? まあ、頼んだのは随分前の話だけど」
「へえ。でも、女の子かー。農作業の即戦力になりそうな若い男とかじゃないんだな」
「そんな事考えなかったわ! 私の好みで答えちゃった」
慌てたるいざに、はじめはのんびりと言う。
「譲君がそれで良いって判断したんだろうから、良いんじゃない? 可愛い女の子は潤いにもなるしね!」
「はじめさん、ロリコンみたいなこと言わないでよね」
「失礼な!」
怒るはじめに、克己が同意した。
「ロリコンじゃないけど、可愛い女の子が居たら和むのは解るな」
「克己の守備範囲外でも?」
「恋愛対象とかじゃなくてさ、可愛いものは好きだろ? だからるいも女の子って言ったんだろ?」
「そうなんだけどね」
「それに、ロボットってことは、成長しないし、かつ、パワーは多分あると思うから、愛でるにしろ農作業にしろ、役にたちそうだよな」
「そっか。女の子って言ってもロボットだものね。農作業の役にはたつわよね」
るいざは試作のマカロンを1つ摘まんで、口に入れた。
マカロンだけあってかなり甘いが、ベリーティーが酸っぱいのでちょうど良いバランスだ。そして、初めて作ったにしては上出来だと思う。
満足そうなるいざの表情を見て、克己もマカロンを食べる。
「ん。美味い!」
「ね。初めて作ったにしては良い出来よね」
「これなら成功だろ。甘くて俺好みだな」
意外と甘い物が好きな克己は気に入ったらしい。カラフルなマカロンを、一色ずつ食べてみている。
「挟んであるのも違うんだな」
「全部じゃないけどね。チョコと、ジャムが三種類よ」
「良いね!」
マカロンは手間がかかるため、のんびりした時にしか作れないが、これならいつものメニューに加えても良いかもしれない。
そんなマカロンをパクパク食べる克己を羨ましそうに見て、はじめは言った。
「私も食べたいなー」
「残念でした」
「るいざが冷たいー!」
「まあまあ」
一通り試して、克己はベリーティーを飲んで人心地ついた。
「にしても、西塔が居るのもあと一週間か。意外と早いな」
「今回は大きな事件とか無いから、トレーニングしてるだけだしね」
「だな。任務もそこまで大きなヤツは無かったし」
「――あ、そう言えば」
るいざがふと思い出した。
「この間、中華統一軍の捕虜の調書を確認したんだけど、その時、譲が諜報部の情報も持ってたのよ。普通の権限だと見られないけどって言ってて」
「諜報部だもんな。そりゃセキュリティーが厳しそうだ」
「で、何で譲が諜報部の情報を持ってるか聞いたら、面倒らしくて克己に聞けって」
「アイツ、本当に面倒くさがりだな……」
「克己、知ってる?」
「知ってる。しばらく前に、研究部に行ったじゃん? 能力妨害装置の件で」
「そう言えばそんなこともあったわね」
すっかり忘れかけていた。
「その時に、譲が向こうのシステムで何か調べ物をしてたみたいなんだけど、うっかり向こうのシステムを掌握しちまったらしい」
克己の言葉に、るいざとはじめはポカーンと口を開けた。
「……どう、うっかりしたら、システムを掌握出来るのよ」
「それについては俺も聞きたい」
克己もるいざと同意見だ。もちろん、はじめも。
「譲君って、たまに凄い事しでかすわよね」
はじめが言うと、るいざも頷いた。
「本人無自覚に、凄い事するわよね」
「そうなんだよ。本人無自覚なのがな」
しみじみと克己も言った。
だから天然と言われるのだ。
「それで、システムはどうしたの?」
「そのまま、バレないように多少細工はしたみたいだけど、深くは弄ってない、と、思う」
「それで、本部の誰も気付いてないのね」
「そーゆー事。だから、諜報部の情報も見放題なんじゃね?」
「多分そうね」
「譲君が日再を裏で牛耳ってるようなものか~」
「本人にその気が無いから助かってるけど、そう言う事だよな」
「そう言う事よね。譲に野心が無くて、本当に良かったわ」
「それな」
2人は同意すると、マカロンに手を伸ばした。