27.朝の出来事
翌朝、るいざがキッチンで朝食の支度をしていると、いつもより早い時間に譲がテラスに姿を見せた。
「おはよう。早いわね」
「ああ。るいざに調書のチェックを頼みたくてな」
「調書って、昨日の? もうできたの?」
「一応完成した。後はチェックしてもらってOKなら、尋問チームへ送り返す」
「それじゃ、早い方が良いわね。ちょっと待ってね。火だけ止めてそっちに行くわ」
「助かる」
譲は椅子に腰掛けると、気怠げに背もたれに身体を預ける。
るいざは切りの良いところまで朝食の支度を進めると、コーヒーを淹れたマグカップを2つ持って譲のところまでやってきた。
「随分疲れてそうだけど、昨日遅かったんじゃないの?」
「ああ。けど、よく眠れたからそこまでじゃない」
「そうなの? なら良いんだけど」
るいざが譲の隣に座ると、譲はウィンドウを開いて作成した調書を表示した。
「っ……! こんなにボリュームがあったの?」
ズラリと加えられた内容に、るいざが驚いた。
ひとつの会話ごとに、その3~5倍の内容が追加されている。中には、組織図や地図も加えられている。
「私の聞き取ったのって、譲のコレに比べるとほんの少しだわ……」
「聞き取れたところだけでかまわない。相違無いか見てくれ」
「わ、解ったわ」
るいざは調書をスクロールして、自分が聞き取れた部分だけ、チェックする。
「間違いないわ。でも、これだけの情報量を引き出せるって凄いわね」
「半分くらいは、日再の諜報部の情報との答え合わせだったから、そうでもないさ」
「諜報部の情報って、誰でも見れるものなの?」
「いや。俺の権限でも正攻法だと見れないな」
「……譲。また何か秘密にしてるでしょ?」
るいざがジト目で譲を見た。が、譲はそれを無視して、調書を尋問チームへ送り返した。
「世の中には知らない方が良いこともある」
「それはそうだけど、譲の場合、言うのが面倒なだけでしょ?」
「……克己に聞けば解る」
「解ったわ。じゃ、私は朝食の準備に戻るわね」
「ああ。Thanks」
「どういたしまして」
るいざは席を立って、自分の分のマグカップを持つと、キッチンへと歩いていった。
一方譲はというと、よく眠れたとは言え、そもそもの睡眠時間が足りていないせいか、テラスの木漏れ日と暖かい陽気で、うとうとし始めた。朝食が出来るまでには、まだ少し時間があるだろう。そう思い、譲は目を閉じた。
「今日のトレーニングは、午前るいざ、午後は克己だ。憲人はコンソールルームで勉強。それと、リクエストがあれば別口で心理学の講義をしようと思うが、受けたいヤツはいるか?」
譲の朝の連絡に、新しい提案が追加されている。
と、克己が真っ先に手を挙げた。
「受けたい!」
次いで麻里奈とるいざも手を挙げる。
「私も興味あるわ」
「同じく」
すると、憲人が聞いた。
「心理学って、どんな事をするの?」
「基礎と実務に関わる所をメインにやるから、尋問や戦闘の駆け引きなんかで使う知識が主になるな」
「じゃあ、僕は止めておくね」
「創平ちゃんは?」
麻里奈が創平を見ると、いつもの人好きのする笑みを浮かべた創平は、当然と言った様子で頷いた。
「もちろん参加させてもらうよ。譲君の教え方にも興味があるしね」
「アンタが学ぶことは、何もないと思うけどな」
譲がにべもなく切り捨てると、創平はにこやかに言った。
「どんな事からでも、学ぶことはあるよ。慢心したら成長が止まるからね」
「さすが創平ちゃん! その心意気が素晴らしいわ!」
「当然のことだよ」
麻里奈が創平を尊敬の眼差しで見ているが、それを無視して、譲は言った。
「参加者が多いから、午後3時半から会議室で良いな? 克己のトレーニングは短めで切り上げるぞ」
「OK」
「はーい」
「了解」
「それから、他に何か学びたい事や気になる事があったら言ってくれ。無駄にはならないだろうから、考慮する」
譲が言うと、麻里奈が首を傾げた。
「今日は、随分歩み寄ってくれるのね? 何かあったの? 気味が悪いわよ?」
「失礼な。昨日の尋問で、少し思うところがあっただけだ」
「なるほど」
克己が納得する。
麻里奈が言うように、譲は基本、個人プレーを好むため、相手に理解されようがされまいがどうでも良いと思っているふしがある。そのため、今回のように、勉強の機会を作ってくれる事は稀である。言えばしてくれないことはないが、言わなければやらない。そういうタイプだ。
その譲が、能力開発の一環かもしれないが、こうして歩み寄るのは確かに珍しい。
まあ、麻里奈たちにとっては、ありがたい事であるが、創平は興味深そうに微笑んだ。
「やっぱり、興味深いね」
「え? 創平ちゃん、何か言った?」
「いや、何も?」
「そう?」
麻里奈の問いを、笑顔ではぐらかして、創平はちらりと譲を見た。
と、ちょうど創平を見た譲と目が合う。
しかしそれは一瞬で、すぐに譲に目をそらされてしまった。
創平はそれすら微笑ましく感じて微笑む。
その様子を、克己が何か言いたげに見つめていたのだった。