26.調書
食事を終えると、譲は今日の報告書をまとめるためにコンピュータールームへ向かった。
普段ならテラスで作業する事が多いが、今回は内容が内容なのと、集中したかったためだ。
コンピュータールームへと通じる渡り廊下を歩いていると、後ろから克己が追いかけてきた。
「何か用か?」
譲は足を止めて振り返る。すると克己は、少しバツの悪そうな顔をした。
「用っつーか、興味?なんだけどさ」
「何だ?」
「お前の尋問って、受けてる側は解るもんなのか?」
その質問に、譲は呆れる。
「解ったら意味がないだろ」
「それもそうか。じゃあさ、ちょっと俺に使ってみてくれよ」
「は?」
「どんな感じなのか気になってさ!」
追いかけて来てまで言う事かと、譲は本格的に呆れた。
「断る」
「そう言わずに!」
純粋に興味があるだけらしい克己は、引かない。が、克己は根本的なところを解っていない。
譲はため息を1つ吐くと、克己に言った。
「俺がお前に何か聞き出すとする」
「おう!」
「だが、それは、お前が言いたくない事でないと意味がない。それは解るな?」
「ああそうか。言ってもかまわない事だったら、能力関係無く言うもんな」
譲は頷いた。
「俺が今お前に何か無理矢理聞くとしたら、背中の傷の事になるが、かまわないのか?」
克己の目が見開かれた。どうやら、全く何も考えてなかったらしい。
「そう言うわけだ。諦めろ」
「……解った」
克己は大きなため息を吐くと、切り替えたように顔を上げ、いつもの笑みを浮かべた。
「無理言って悪かったな。んじゃ、俺は夕食の片付け、手伝ってくる」
「ああ」
くるりと踵を返し、テラスへ戻る克己を見送って、譲はコンピュータールームへと入る。
「真維。尋問チームからのメールは来ているか?」
『来てるわよ。どういう形式で追記するの?』
「そうだな。並列が分かりやすいだろうな」
『こんな感じ?』
ウィンドウに表示された、今日の聞き取り調書の右に、欄が追加される。
「さて、書くか」
『私は言語化されなかった部分は記録出来てないから、ここで見守ってるわね』
そう言うと、真維は椅子に腰掛けて譲を斜め後ろから眺めている。
譲はそれを確認した後、調書にテレパシーで聞き取った内容を書き加えていく。
この作業が終わったら、一応るいざにも確認してもらいたいので、早めに終わらせてしまいたい。
それでなかったとしても、寝たら忘れそうなので早く終わらせたいのもあるが。
しばらくして、一通り入力が終わる。
譲はふっと肩の力を抜いて、コーヒーサーバーの方へ歩いていった。一度冷静になって、誤字脱字や、文脈など、チェックしなければならない。
『私がチェックする?』
真維が申し出る。が、譲はコーヒーを淹れ、隣の冷蔵庫を開けると牛乳を取り出した。
「まだいい。多分文脈や文法がおかしくて、読めたものじゃないだろうからな」
『そう?』
「ああ。ひとまず箇条書きにした箇所もあるしな」
これから文になるよう、体裁をととのえなければならない。
が、書き出した頭のままでは意味が無いので、一度頭を冷やさなくてはならない。
譲はカフェオレを飲むと、元の位置まで戻ってきて、作業していたウィンドウを一度閉じた。そして、メールの一覧をチェックする。
「そう言えば、一体、ロボットを造れるか? 子どものサイズで良いんだが」
『ちょっと待ってね。パーツをチェックするわ』
メールを上から開きつつ、譲は近くの椅子に腰掛けた。
『少し足りないパーツがあるわ。それは取り寄せるとして、何歳くらいの子を造るの?』
「10歳くらいの小柄な女の子で。料理と裁縫は特化させたい。それと、軽い農作業だな」
『今の農場の稼働率は想定以上だものね』
「女将さんに特に集中しているからな。メンテナンスもした方が良いかもしれない」
『空きを見て、やっておくわね』
「頼む」
メールを見終わった譲は、立ち上がり、もう一度調書のウィンドウを開いた。
「さて、仕上げるか」
『頑張って』
「これが終わったら推敲を頼む」
『任せて』
譲は再び調書に集中した。
『譲、西塔さんが来るわ』
もう少しで作業が終わるという頃、真維がそう言った。
譲はウィンドウから視線を外さないまま、真維に答える。
「ドアをロック出来ないか?」
『しても良いけど、多分開くまで待ってるわよ?』
「俺は部屋に居る事には……」
『出来ないでしょうね。西塔さんは、いつも譲の場所を正確に捜し当てるけど、譲センサーでも付いているの?』
「何言ってるんだ……」
譲は呆れた声で言うと、諦めて作業に集中した。さすがに彼も、仕事の邪魔はしない筈だ。
と、コンピュータールームのドアが開く。
「やっぱりここに居たか」
「やっぱりって何だ?」
「いや、克己君が、君はコンピュータールームに居ると言っていたからね。まあ、それからかなり時間が経っているから、居ない可能性もあるとは思ったんだが」
「今何時だ?」
そう言えば作業に集中していて、時間を把握していなかった。
「もう午前2時だよ」
創平は、コンピュータールームに入ってくると、真維の隣に腰掛けた。やはり、作業を邪魔する気は無いらしい。こういうところの見極めはさすがとしか言いようがない。
「随分、時間がかかっているね」
「それだけ内容が多かったんだ。だが、もう少しで終わる」
「それは良かった」
譲は冷めたカフェオレを一口飲むと、作業を続ける。
「中華統一軍の体制はどうだったんだい?」
「それを俺がアンタに教えるメリットは?」
「そうだな。ドイツ旅行なんてどうだい?」
「お断りだ。アンタと旅行なんかしたくない」
「冷たいな。ドイツ軍は君を大歓迎するけどね」
「興味無い」
とりつくしまもない譲に、創平が苦笑する。
「随分、捕虜と仲良くなったようじゃないか」
「そうでもないさ」
「そうかい? 向こうはそうは思っていなさそうだけどね」
「それが仕事だったからな」
向こうは譲に興味を持っただろうが、譲は全く興味は無かった。仕事を遂行するために、話を合わせて、情報を引き出したに過ぎない。
「相変わらず、容赦のないことで」
「くだらない」
譲は大きくため息を吐くと、ウィンドウを閉じた。
「真維、推敲を頼む。誤字脱字は訂正しておいてくれ」
『解ったわ』
「朝、もう一度チェックして、るいざに投げる」
『はーい』
そう言うと、真維はキラキラとしたエフェクトを出して消えた。
「お疲れ様」
創平が椅子から立ち上がって、そう言った。
「今日は疲れたから、アンタの相手をする余裕は無いぞ」
「それは、よく眠れるようにして欲しいというおねだりかな?」
「……頭がおかしいのか?」
「今までの付き合いから、そうとしか取れなかったんだけどね」
創平は譲に近づくと、譲の顎に手を添え、上を向かせ、唇を重ねた。
譲は抵抗しないまま、展開していたウィンドウを消した。
「せめて場所は移動してくれ」
そう言って歩き出そうとした譲の手を取り、創平はその場に押し倒す。
「たまには違う場所と言うのも、スリルがあって良いだろう?」
「やめっ……」
抗う手を取られ、上から体重をかけて押さえ込まれてしまう。譲の抵抗など、創平の前では役になど立たない。
再び唇が重ねられ、創平の手が譲のシャツのボタンを外した。