24.尋問
『で、俊宇はどこの出身なんだ?』
『中国だが?』
『中国と言っても広いだろ?』
『ああ。江南省だ』
『北京とはそう近くもない場所だな。中国は核の被害が酷かったと聞いているが、シェルターは北京以外でもあったのか?』
『……そんな事に興味を持つのは、アンタくらいだぜ』
俊宇は呆れたようにため息を吐いた。
『シェルター自体はアチコチにあったさ。それこそ、いつドンパチしてもおかしくない情勢だったしな』
『その言い方だと、シェルターがあっても入れない人間が居たように聞こえるんだが』
『そりゃそうさ。ウチの戸籍制度はアンタだって知ってるだろ?』
『都市戸籍と農村戸籍だろ?』
『そ。だから、シェルターに入れるのも優先順位が決まっててよー』
『確か、同じ都市戸籍でも、金銭面で優劣が無かったか?』
『あるある。お前――譲だったな。詳しいな』
『昔、知人に中国籍の人間が居たんだ。で、俊宇は無事シェルターに入れたのか?』
『無事にとは言えねーけど、何とか入れたからここに居るんだよ』
『それもそうだな』
譲の言葉に、俊宇は吹き出した。
『譲は本当に面白いな! 日本人は頭が堅いヤツばかりかと思っていたが、変わり種も居るんだな!』
『そっちと同じだ。日本人にも色々居るさ』
『確かにな』
楽しげな俊宇に、譲はそこからしばらくは世間話を続けた。と言っても、現在の中国の状況が解るかどうかのギリギリのラインを見定めて、上手く話を引き出していく。
俊宇に取っては普段の世間話のラインを見誤らず、話を続けていくのは流石としか言いようがない。
現在、部屋にいるのは中国語が解る人間のみのため、凛堂をはじめ、他2人も、譲の巧みな話術に舌を巻いていた。
――というか、名前を呼ばせた時点で縣の勝ちは確定しているな。
凛堂は密かに思った。
心理学的に、人間は、名前を呼ぶと親しみを感じる生き物だ。名前を呼んで、向こうも名前を呼び返してくるようになれば、友人と言っても差し支え無いだろう。例えそこまで行かなくとも、相手に興味を持った事は確かだ。
そして、譲の前では沈黙は意味がない事も大きい。テレパシーで、相手の心の声が聞こえるのだから、話をしたが最後である。
と、世間話から、今の俊宇の生活の話になり、ちらほらと中国統一軍の様子が垣間見えるようになる。
が、そこで譲は話を切り替えた。
『日再――うちの機関は人手不足が激しくて、人使いが荒いんだ。俊宇の方はそんな事無さそうで羨ましいよ』
『そうなのか? まあ、譲がどこの所属か知らねえけど、こうして尋問に駆り出されているくらいだもんな』
『ああ』
『ウチは人数だけは多いからな。まあ、上の方は、指示を出すだけで、戦前とあんま、変わった気はしないがな』
『よくそんな人数を支えるだけのシェルターと食品があったな』
『戦前から、戦争前提の国家だったってのもあるし、中国っつっても広いからな。核の被害が少ない地域もあったんだ。大抵は少数民族の集落とかだけどな』
『広いとそういうメリットもあるんだな』
『まあでも、血で血を洗う感じだったけどな。俺が今生き延びてるのは、運が良かっただけだ』
『俊宇の日頃の行いが良かったんじゃないのか?』
『はは! そう言ってくれるのは譲くらいなもんだ。実際はそんな事は全くないさ。生きる為なら、女子供も手に掛けたからな』
『戦争は、そういうものだろ』
『そう言ってくれるのも譲くらいなもんだ』
『まあ、他人事だから言えるだけかもしれないけどな』
『違いねえ!』
俊宇は笑ったが、その笑みはどこか自嘲の笑みのようだった。
『けど、今回の作戦のリーダーだったんだろ? 俊宇は。結構、上の立場に登りつめてるんじゃないのか?』
『上っつっても、今回のはトカゲの尻尾切りみたいなもんだぜ? 俺なんか使い捨てレベルだ』
『俊宇をか? それは腹が立つな』
不機嫌そうな表情をした譲に、俊宇は驚いた顔をした。
『俺は敵だぜ? なのに怒ってくれるのか?』
『敵、味方以前に、同じ人間だろ? それに、命を大切にしないのは好きじゃないんだ』
『……』
俊宇の戸惑いが伝わる。譲の言葉が本気がどうかを伺う気配。
それを、テレパシーで譲とるいざは違えずキャッチする。
『そもそも、今回の作戦は何だったんだ? あの空域を旋回していたと聞いたぞ?』
『それは……』
俊宇が言葉に詰まる。
そこに、さらに譲は聞いた。
『軍用機だけ回収したのも不可解だ。もし俊宇たちを回収しないのがわざとで、俊宇の言うとおり、トカゲの尻尾切りだとしたら、中国は余程、余力があるんだな』
『…………』
俊宇は俯いて、黙ってしまう。
譲はしばらくそのまま、彼の言葉を待った。
が、俊宇はうなだれたまま、何か言う気配は無い。
『俊宇』
譲が良く通る声で、名を呼んだ。
すると、弾かれたように俊宇は顔を上げて譲を見た。
『……そんなに余力がある訳じゃないさ』
それだけ言うと、俊宇は壁の方を見て、完全に押し黙ってしまった。
譲は、しばらくそのままの姿勢で居たが、やがて凛堂に合図をし、立ち上がった。
『また世間話をしに来る』
『……』
返事は無かったが、譲はそのまま凛堂達とともに部屋を出た。
部屋の前というのも難なので、譲たちは会議室まで移動した。と、同時に、るいざも移動し、譲と合流する。
「話は途中のように見えましたが、何か解ったのですか?」
凛堂が譲に問うと、譲は机に肘を付いて答えた。
「とりあえず、今回の作戦は日本の軍事体制を調べるためだそうだ。前回、ある程度までは調べられたから、今回はあえてあの場所で旋回することにより、出方を見ることと、わざと捕まり、軍事拠点を割り出すことが目的だったようだ」
「成る程。概ねこちらの読み通りですね」
「それで、軍用機のみ回収したのは、単に向こうの能力者が、無機物にしか干渉出来ないかららしい」
「それでは、本当にトカゲの尻尾切りか……」
「一応、軍用機に乗っていれば纏めて転移も出来たかもしれないが、早い段階で軍用機と捕虜を別にしたため、結果的にそう言うことになったようだな。その可能性を考慮して、捕虜には必要以上の情報は与えていない」
「ふむ」
凛堂はやや考えてから、るいざを見た。
「来瀬さん」
「は、はい!」
突然名を呼ばれたのと、見知らぬ男性相手だったのとで、るいざは緊張する。
が、凛堂はそれにかまわず聞いた。
「そちらでテレパシーで聞いて貰った事項と、縣さんの証言は相違ないですか?」
「ないです!」
と言っても、通信機で譲と俊宇の話を聞いていたとはいえ、中国語が解らないため、るいざに解ったのは、俊宇が強く思った事だけだが。とりあえず相違は無かったことに、間違いはない。
「テレパシーと言うのは、便利なモノですね。まあ、縣さんの話術と合わせて初めて、活きてくるのかもしれませんが」
「そうでもないさ。アイツは初めから諦めていたからな。時間をかければ同じ回答がアンタたちでも得られただろ」
さらりと譲は言うと、席を立った。
「それじゃ、俺たちは帰らせてもらう。詳細は念の為、文字に起こしてメールする」
「ありがとうございます。今回は急いでいたので助かりました」
凛堂をはじめ、尋問チームの人間が頭を下げるが、気にせず譲は部屋を出る。るいざは一応ぺこりと頭を下げて、譲の後に続く。
廊下では神崎が2人を待っていた。
譲は駐車場へ向かい歩きながら、神崎に言った。
「今回はありがとうございました」
「いや。本当に、ただ居ただけで、何もしてないが」
「るいざが無事ならそれで十分」
「神崎さんが居てくれて心強かったです。ありがとうございました」
「そう言って貰えると嬉しいんだが」
神崎は、少しホッとしたようだった。恐らく、るいざを怖がらせないよう気を使っていたのだろう。
「後は、食事だったな」
譲が言うと、すっかり忘れていたるいざは頷いて、期待に満ちた目で譲を見た。
「神崎さん、食堂も一緒に行ってもらって良いか?」
「かまわない。こっちだ」
本部に不慣れなるいざを案内するように、神崎は先に立って歩き始めた。
帰り道、譲が車を運転しながらるいざに聞いた。
「どうだった?」
「食堂の食事が予想以上だったわ……」
「だろ。……じゃなくて、テレパシーの方だ」
「ああ、そっちね」
るいざは視線を前に向けて言った。
「弱い思念は中国語なのか、解らなかったけど、強い気持ちは言語に関係無く解ったわ。気持ちをキャッチして、私が日本語に変換して理解したイメージ」
「ふむ」
「これが、使えるかって言うと、ちょっと難しいかもしれないわ」
「そうだな。中途半端だな」
トレーニングしてみればどうにかなるかもしれないが、ならないかもしれない。
が、してみないことには解らない。
「少しトレーニングを考える」
「はーい」
譲はそう言うと、速度を上げた。