23.打ち合わせ
本部に着くと、既に神崎が駐車場で待っていた。
「早いな」
「一応な」
神崎は譲にそう返すと、るいざを見た。
「今日1日よろしくお願いする。至らない点が多いと思うが、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
2人はぺこりと挨拶を交わすと、神崎の先導で本部に入った。
るいざは初めて来る本部だ。いかにもなシェルターに、どこか昔働いていた病院に近いものを感じて、懐かしくなる。
「譲。お前はそっちのブロックだ」
神崎が別れ道で、一方を示す。
「詳しくは向こうに居るヤツに聞いてくれ」
「OK」
譲は軽く答えると、1人で別ブロックへ歩いて行く。
「るいざさんはこちらへ」
「あの、敬語はいいですよ? 私の方が年下ですし」
るいざが言うと、神崎は表情は変えないまま、答えた。
「そうか? なら、ありがたい」
強面と言っても過言ではなく、常に真顔の神崎だが、不思議とるいざは怖いという気はしない。むしろ、父親というものがいるのだとしたら、こんな感じなのかと思っていた。
そうして、るいざが案内されたのは、客室の一室だった。
そこそこの広さがあり、シーツなどのリネン類は無いが、ベッドと、テーブル、椅子があり、トイレとバスルームも付いている。
神崎は、部屋に入るとテーブルと椅子を動かし、奥の壁に寄せた。
「この向こうに、捕虜が居る。と言っても、壁一枚向こうではなく、数メートル離れているが」
地下なので、相手が壁を壊して抜け出さないよう、幅を取って客室が作られたようだ。間にあるのは土か、セメントだろう。
「この距離でも問題ないか?」
るいざは壁際に寄って、目を閉じる。
すると、ザワザワとした色んな『声』が聞こえてきた。
「多分、大丈夫だと思います」
「そうか。それなら、その椅子に座って、くつろいでいてくれ。尋問が始まるときは、連絡が来るようになっている」
「わかりました」
るいざは椅子に腰掛けた。が、すぐに手持ち無沙汰を感じて、立ち上がった。
「すみません。何か飲み物を用意しても良いですか?」
「ああ。気が利かなくて済まない。あいにくこの部屋には何も用意が無くてな。リクエストがあれば、食堂で貰ってくるが、何が良い?」
「えっと、じゃあ、お茶を……」
「わかった。部屋はロックしていくから、絶対に開けないように。るいざさんに何かあったら、譲に殺されるからな」
それは大袈裟なのではと思ったが、るいざは大人しく頷いた。
一方、捕虜が捕らえられている部屋の前まで来た譲は、看守と尋問チームに迎えられた。
「縣さん。今回はお世話になります」
「こちらこそ。で、どうしてESPセクションに依頼することになったんだ?」
譲が単刀直入に聞くと、尋問チームのリーダー、凛堂刀矢が経過を報告した。
「通常の尋問を行ったところ、彼等は日本語を理解していないようでしたので、次に中国語で尋問をしました。こちらは通じまして、彼等の氏名や、今回の任務の簡単な説明は得られました」
そこで一度、凛堂は言葉を切る。
「ですが、中華統一軍の組織体制や、今回の攻撃の本来の目的、また、彼等が何を望んでいるのかになると、黙秘をしてしまい、一向に取り調べが進まないのが現状です」
「それで?」
「今回、知りたい事項としては、第1に、今回の攻撃の目的、第2に中華統一軍の情勢です。特に、今回の攻撃は、旋回しているだけだった事や、軍用機のみ引き上げて、兵士は未だ回収される気配の無いことから、不信な点が多く見られます」
「成る程な」
「また、特殊能力の使用についても、現段階では不明点が多すぎます」
そこまで言った凛堂は、やや声のトーンを下げた。
「と言っても、完全に情報を引き出せるとは我々も思っていません。彼らは何も聞かされて居ない可能性も高いと踏んでいます。ですので、可能な限り、向こうの情報を得られれば構いません」
「OK。俺のやり方で良いんだな?」
「はい。念のため、書記1名と、私を含めボディーガード代わりに2名が同席しますが、お邪魔はしません。お好きなやり方でどうぞ」
「それは助かる。ちなみに相手は複数か? 1人か?」
「1人です。リーダー格と思われる男です。ご希望であれば、他の捕虜との尋問も可能です」
「1人やって、余裕があればだな。そもそも必要が無いかもしれないし」
「了解。それではこちらです」
凛堂が先導して、廊下を進み、扉の前で足を止めた。そして、扉を開く。
譲は、軽く息を吐くと、部屋の中へと足を踏み入れた。
譲が部屋に入ると、中にいた男は譲をジロリと見た。が、すぐに明後日の方向を向いて腕を組んだ。
部屋は牢ながら、簡素な部屋といった様子で、部屋の中央に鉄格子がはまっている。
備え付けの家具は、向こうにはベッドとトイレしかないため、彼はベッドに座って壁にもたれている。
一方、鉄格子のこちら側も、書記用の机が一つと、椅子がいくつかあるだけで、余分なものは何一つ無い。
譲は椅子の一つを掴むと、部屋の中央に置き、そこに座った。
ド真ん中に座る人間は稀なようで、書記の少年が、驚いた顔をしたが、すぐに無表情に戻る。
「日本語は解るか?」
譲が問いかけるが、男は全く反応しない。
予想通りの反応に、譲は、今度は中国語で問い掛けた。
『これなら通じるか?』
その言葉に、男はチラリと譲を見た。
『通じているようだな』
『……お前は中国語が話せるのか?』
『一応な』
男は譲に興味を持ったようで、顔をこちらに向けた。
そして、部屋のド真ん中に座っている譲に、呆れた顔をした。
『日本人は隅が好きだと聞いていたが?』
『そうだな』
『お前は日本人には見えないが、外部の人間か?』
『一応、日本人だ』
『その顔でか?』
『国籍は間違い無く日本だ。顔のことはほっとけ』
投げやりに言う譲に、男が小さく笑った。
それを無視して、譲は聞いた。
『で、あんたの名前はなんて言うんだ?』
『取り調べか?』
『いや。呼び名が無いんじゃ不便だろ』
『……人に聞く前に、自分が名乗ったらどうだ?』
『ああ、もっともだな。俺は縣 譲だ』
さらりと自己紹介した譲に、彼は面食らったようだった。
『はー。アンタと話してると調子が崩れる。……俺は王 俊宇だ』
『俊宇で良いか?』
『なら俺も譲と呼んで良いな?』
『ああ。構わない』
さらりと返した譲に、俊宇は呆れた顔をした。
『本当にアンタ、変わってるな』
『そうか? 普通じゃないか?』
『いいや、イカれてる。アンタみたいなヤツは初めてだ』
言葉は素っ気ないが、どこか譲に興味を持ったような響きに、凛堂は密かに感心するのだった。