13.植物園
翌朝早く、克己は目を覚ました。
以前、病院で働いていたときに毎朝ジョギングしていたせいか、その頃と同じ時間に目が覚めてしまったのだ。
寝室を覗けば、相変わらず二人仲良くくっついて寝ている。
時計を見ればまだ5時45分である。
「少し走ってくるか……」
外に出ないまでも、基地内を走るだけでかなりの距離は稼げそうだ。
テーブルに伝言を残して、克己はそっと部屋を出た。そして、まず最初に植物園へ向かう事にした。
中央回廊で食堂のオバチャンたちに挨拶して、植物園へと足を進める。植物園はロックされていたが、手持ちのカギで普通に開けることが出来た。アナログなカギだが、あちこち開けることができるらしい。といっても、おそらく権限が付与されたところだけなのだろうが。
克己は植物園に入ると、2階に架かっていた廊下からすぐそばの木の枝に飛び移った。
「やっぱり。丈夫な木だと思ったんだよな」
そうして木から木へと飛び移り、居心地の良い枝を発見した。そこに落ち着き、目を閉じると、サワサワと風に揺られ葉が擦れる音がする。
「鳥とか居たら最高なんだけどな」
「農村ブロックには居るが、ここには配置されていないな」
突然響いた低い声に、驚いて目を開くと、入口付近の廊下に神崎の姿が見えた。
「おはよーございます」
克己は挨拶をして神崎の近くの枝へと移動する。
「おはよう。ロックが外れていたから誰かと思ったら君か」
「入ったらマズかったり?」
「いや、権限が付与されているところは自由に出入りしてもらってかまわん」
「そりゃよかった」
克己が安堵する。そして、沈黙が訪れた。
か、会話が続かねー……。
「そう言えば、神崎サンは軍所属なの?」
ここの作業員は基本的にツナギを着ているが、神崎だけは軍服だ。
「一応、軍部所属になっている」
「軍も特殊能力課に興味があるんだな」
「無いとは言わないが、俺がここに派遣されているのは譲の独断だ。もし軍が手を出してくるとすれば、ここが軌道に乗った頃だろう」
なる程。美味しい所だけを頂く算段らしい。
「譲の恋人って聞いたけど、それって関係ある?」
直接的な克己の言葉に、神崎はやれやれといった顔をした。
「そもそも恋人ではない」
「あ、そうなんだ」
「誤解されたままの方が都合が良いこともあってな」
「それってどういう――」
克己の言葉を遮るように、2人の端末にメールが到着した。
『12:00 食堂集合 対象:全員』
「……完成したか」
呟いてそのまま部屋を出ようとした神崎は、足を止め克己を見た。
「一つだけ言っておく。譲を裏切るような事があればただではおかない」
それだけ言うと、神崎は部屋を出て行った。
驚いて数秒固まっていた克己は、目をしばたたかせると、ため息混じりに呟いた。
「恋人じゃねぇの? それとも保護者か?」
克己が部屋に戻ると、麻里奈もるいざも起きていた。メールの音で起こされたらしい。
戻ってきた克己を見て、るいざが首を傾げた。
「どうしたの? 変な顔して」
「ちょっとね」
「ふぅん?」
それなりに長い付き合いだけあって、踏み込んで欲しくない所には踏み込んでこない。るいざの距離の取り方は絶妙で、こういう時は助かる。
「ねぇ、それよりお腹が空いたわ」
流れをぶった切って麻里奈が言う。
コイツのこういう所も助かる。
天然なのは分かっているが、便乗させてもらおう。
「着替えたら飯食いに行こうぜ。俺、腹ペコ」
「じゃあ、後でテラス集合ね」
「はーい」
「OK」
2人が部屋を出るのを見送って、克己はシャワーを浴びて冷静さを取り戻す事にした。
「出来た……」
数えるのが馬鹿らしくなるほどのウィンドウの中央で譲が呟いた。
夢じゃない。幻覚でもない。確認は何度もした。チェックも、テストもすべてオールクリアだ。
それでも、信じられない様子で、譲は目の前に浮かぶ少女を見る。
起動のキーは、一つだけ。一言だけ。譲が彼女の名前を呼べば良い。それで総てが動き出す。
柄にもなく緊張する。
何度も唱えた名前。
大切な名前。
あの日失われた彼女の――。
「やっと逢える」
ふわりと譲が微笑んだ。その瞬間涙が零れる。
そして、手を伸ばし――。
大切な名前を、声に出して呼んだ。
「『真維』」