20.克己のトレーニング
それから数日、克己はトレーニングの時間をメインに、第3トレーニングルームへ籠もっていた。
ESPセクションの決まりとして、基本的に、能力の使用は自由だが、能力に関するトレーニングは必ず譲の目の届く場所で行わなくてはならない。これは、能力暴走や、その他の危険性を考慮して、止められる人間が居なければ、命に関わる事態になることが考えられるからだ。
よって、克己のトレーニングも、主に他のメンバーがトレーニングしているときになる。
まあ、トレーニングと言っても、マグカップを睨んでいる日々が続いていて、今のところ成果らしきものは出ていない。
「……つーか、譲は何であんな簡単に、応用した能力が使えるんだよ」
思わず愚痴も出るというものである。
自主的にやっている事なので、止めるのは自由なのだが、目の前でああも簡単に見せられると、悔しいモノがある。それも、自分の持っている能力の応用なのが解っているからこそ、余計に。
「あー……、ダメだ。ちょっと休憩しよ」
克己は立ち上がると、ストレッチをして身体を解す。肩のあたりに力が入っていたのか、バキバキと音がした。
それから少し、トレーニングルーム内でテレポーテーションしてみる。
こちらは最近はほぼ思い通りに扱えるようになってきた。トレーニングの成果が出ていて、喜ばしい限りだ。
ドイツのアスポート持ちの能力者に、創平を通じて聞いてもらったコツは、譲が言っているのと大差無かった。というか、譲よりアバウトな回答だった。
『送り先をイメージして、えいって感じ、だそうだ。それじゃ、さすがに解らないから詳しく聞いたんだが、物を放り投げる感覚らしい』
そう、創平が言っていたのを責められはしないだろう。彼も一応、粘って聞いてくれたらしいのだ。だが、そのドイツの能力者はそこまで強い力を持っている訳ではなく、ドイツ軍では二軍扱いになるらしい。よって、トレーニングもおざなりらしいのだ。
海外の層の厚さに感心しつつ、克己はもう一度マグカップの前に座った。
「『放り投げる』ねえ……」
試しにその辺に置いておいたタオルを空中へ投げてみる。
数回繰り返した後、今度は手に持ったまま、自分は移動せずに、タオルだけテレポーテーションするようイメージしてみる。
「……」
さっきの放り投げた感覚をイメージして、タオルに意識を集中する。
が、タオルは一向に移動する気配も無ければ、むしろ強く握りすぎて、ギリッと嫌な音を立てた。
「ダメだー!」
克己はその場にバッタリと仰向けに倒れ込むと、根を上げた。ここ数日頑張っていたのに一向に成果が表れないのだ。無理もない。
「そりゃそうだよな。いくら同じ系統の能力っつっても、違う能力だもんな。そう簡単に身に付くわけが無いか……」
最後は自分に言い聞かせるように呟く。
と、そんな克己を創平が覗き込んだ。
「トレーニングはどうだい?」
「!?」
近付いて来たのに全く気付かなかった克己は、驚いて飛び起きた。
「そろそろお昼だよ。気付いてないようだったから呼びに来たんだけどね」
「あー、もうそんな時間か……」
克己はのろのろと、マグカップとタオルを持つと、立ち上がった。
「その分だと、トレーニングの成果は芳しく無さそうだね」
「もう、ぜーんぜんダメ」
「テレポーテーション持ちの克己君でも、苦戦するってことは、やっぱり全く違う能力なのかもしれないね」
「かもなー」
克己は創平とトレーニングルームを出ながら話す。
「でも譲は、応用って軽々やってのけたんだよな」
その言葉に、創平がすっと目を細めた。
「まあ、譲は色々と規格外だからね。比較する方が間違ってるよ」
「確かに」
しばらく前は、透視した景色をこっちにも見せたりとしていたし、もう、何が出来ても不思議じゃない気しかしない。
が、それは譲だからであって、克己は克己だ。
「俺には今は無理そうだな」
意外な弱音に、創平が聞いた。
「諦めるのかい?」
「とりあえず今はな。空き時間を見つけて、トレーニングは続けるけど、テレポーテーションのトレーニングもしたいし、これ以上はさすがにな」
トライするのは良いが、物事は諦めも肝心だ。特に、克己のトレーニング時間を作るために、周りに迷惑をかけているのだ。今後も、空いた時間でトレーニングはするとして、集中してやるのはこのあたりが限界だろう。
克己はテラスに着くと、譲を見た。
「終わりか?」
克己が何か言う前に譲が聞いた。
「一旦は。後は空き時間にトレーニングする」
「そうか」
言葉は少ないが、一応気にしてくれていたらしい。
譲はスプーンを咥えたまま、ウィンドウを展開し、何やら入力していたが、すぐにるいざに怒られていた。
「スプーン咥えたまま、作業しないの!」
「……」
譲は仕方なく、最低限の入力を終えるとウィンドウを消した。
それに吹き出しながら、克己は席に着いた。
「さて、昼メシ昼メシ」
1つ失敗しても克己はめげない。それは、トライ自体が無駄では無いからだ。今は出来ない事が判っただけでも価値がある。そして、新しい目標がひとつ増えることになる。それだけのことだ。
譲も同じ考えのようで、時間を無駄にしたとも、トライするなとも言わない。
そう考えると、俺は恵まれているな。
克己は笑顔を浮かべると、るいざが差し出した茶碗を受け取った。