18.物を移動させる能力
「手を触れずに、物を移動させる能力?」
「ああ。アスポートとも呼ばれている」
そう言うと、譲はメガネを取り、PKで浮かす。
「これを、こう移動させるのと同じだ」
浮いていたメガネが、少し離れた場所へ瞬間移動する。
「え」
『え』
譲は何もなかったかのように、宙に浮いたメガネを取り、かけ直した。
と、克己が思わず突っ込んだ。
「って、出来るのかよ!」
『相変わらず、君は規格外だな』
一條も驚き半分、あきれ半分で言う。
「コツを掴めば、克己も出来る可能性は高いぞ。テレポーテーションの応用だからな」
「いやいや、その前に、お前が何で出来るのかっつー疑問がだな……」
「出来るものは出来るんだから仕方ない。説明なんぞできん」
さらりと流して、譲は一條を見た。
「中華統一軍には、随分、力の強い能力者が居るようだな。あの質量のものを移動させるとは」
『そのようだね。君の意見を聞いて、確信したよ。ちなみに防ぐ方法はあるかい? 今、捕らえている人間まで逃がしたくはないんだが』
譲は腕を組んで、トントンと指で肘を叩いて少し考えると、口を開いた。
「①シールドを常時展開する。②能力妨害装置を使う。③捉えた人間を部屋に固定しておく」
『ふむ。①は非現実的だな』
「②も、今の性能だと、気休め程度だな。向こうの力が上回れば、意味はない」
『と、すると、③か』
「テレポーテーションの特性上、触れているものは一緒に移動する可能性が高い。部屋なんかの、動かない物と繋いでおけば、やりにくくはなるはずだ。もっとも、これも相手の器用さによるから、確実な手段とは言い難いがな」
『なるほど。だとすると、逆に発信機を装着させて、相手に持って行かせるという方が現実的かな?』
「それもアリだな。盗聴器も仕込んでおけば、運が良ければ情報が得られるかもしれない。……と、そろそろタイムリミットだ」
譲の言葉に、一條は頷いた。
『十分な収穫はあった。協力感謝する。ではまた』
一條が言うと同時に、ウィンドウがふっと消えた。
克己は首を傾げて、聞いた。
「タイムリミットって?」
譲は無言のまま、住居ブロックの方を指差した。
しばらくすると、そちらから創平が歩いて来るのが見えた。
「なるほど」
と、同時に、るいざが出来た料理を運んできた。
「お話、終わったの?」
「ああ」
「そう。良かったわ。ちょうど支度が出来たところよ」
「そうか」
そのまま動く気配のない譲の髪を結うと、克己はるいざとキッチンへ向かう。
「運ぶの手伝うよ」
「ありがとう」
そうして、朝食の準備が出来る頃には麻里奈と憲人も、テラスに姿を見せたので、全員揃っての朝食となった。
今日のトレーニングは、緊急出動があったため、午前がるいざ、午後はフリーとなった。
午前中に寝たらしい麻里奈は、昼食を食べると、憲人と創平を連れて農場へと向かっていった。
るいざは夕食の仕込みを始めている。
そして、同じく午前中に睡眠を取った克己は、コンピュータールームへと向かった譲に、ついていった。
「なあ。俺にも触れてない物体の移動が出来る可能性があるってマジ?」
「ああ。あくまでも可能性だがな」
「なんか、コツとかあったら教えてくれよ」
譲はいくつか開いていたウィンドウの中で、顎に手をやり少し考えると、机の上のマグカップを指差した。
「持ってテレポーテーションしてみろ」
「へ? どこに?」
「横に1mとかでかまわない」
「OK」
克己は素直に、自分のマグカップを持ち、横に少しだけテレポーテーションした。
「それで?」
克己が首を傾げて聞くと、譲は今度はマグカップを置くよう言った。
「置いたマグカップに、蔦を巻きつけるんだ。蔦は手で持ってろよ」
「ああ」
中身をこぼしそうだったので、克己はコーヒーを飲み干すと、手に持った蔦を伸ばしてその先にマグカップを引っ掛けた。
「で、その状態のまま、テレポーテーションしてみろ」
「OK」
言われたとおりにテレポーテーションする。と、克己と、手に持っている蔦、それから蔦に引っかかっているマグカップごと移動した。
「そしたら、今度は蔦は無くして、繋がっているイメージで飛ぶんだ」
「マグカップを蔦で持ってるイメージで、だな?」
「そうだ」
神経を集中させて、克己は飛んだ。が、マグカップは微動だにしなかった。
「くう~!」
「まあ、そう簡単に出来れば苦労はしないな」
「ちょっと練習する!」
「それは構わないが、可能性があるだけで、出来ない可能性もあるからな?」
冷静に譲が言うと、克己はがっくりと肩を落とした。
「何でお前はトドメを刺すかな」
「無駄な努力かもしれないことは、知って置いた方が良いだろ」
それはそうだが、言うタイミングと言い方というものがある。
が、そんな譲のペースに慣れていた克己は、めげずに言った。
「無駄かもしれないけど、努力してみないことには解らないしな。努力無くして成果は得られないから、とりあえずやってみるわ」
前向きな発言に、譲は感心する。克己のこういうところは素直に尊敬する点だ。
「まあ、頑張れ」
「おう。頑張る」
言うと克己は、その場で蔦を出してマグカップを弄び始めた。
掴んでいる感覚を身体に叩き込む方法のようだ。
譲はそれを横目に、再度ウィンドウに集中した。