16.緊急出動
克己と麻里奈が車に乗るや否や、譲は車を発車させた。
「譲が運転なんて珍しいわね!」
急発進した上に、一気にスピードを上げて走る車は、生憎の天気と足場の悪さとが相まってかなりうるさい。
麻里奈が大声で聞くと、譲は視線を前にやったまま、ウィンドウを開いて答えた。
「時間が惜しいからな」
「何これ、メール?」
「一條からの緊急出動要請だ。今回は緊急度合いが高い」
克己と麻里奈はウィンドウの文章を読む。
「八王子付近で旋回している飛行物体?」
「航空機か、ミサイルかは不明だ。人が乗っているかも解らないらしい」
譲がウィンドウをマップに切り替える。
それを見ながら克己は言った。
「夜でただでさえ暗い上に、この雨じゃ普通の人間じゃ見えないだろうな」
「今回は空軍が動いている。午前4時までにESPセクションがどうにかできなかった場合、撃墜するとの事だ」
「午前4時って、あと20分くらいしかないぞ!?」
「だから急いでいるんだ。マップを確認出来たら、麻里奈は克己のテレポーテーションの範囲内で、安全な場所を探してくれ。小刻みに飛んで、時間を短縮する」
「わかったわ! ひとまず、西に10km」
「OK。飛ぶぞ」
克己が言った途端に、景色が一気に飛ぶ。
やや空中に出たが、車は危なげなく着地して速度を更に上げる。
「次は……、地図のこのあたり」
麻里奈が地図の端を指差す。それに頷いて、克己が再度飛ぶ。
が、思ったほど飛距離が出ずに、瓦礫の目の前に出てしまう。
譲が急ハンドルを切って、なんとか回避するが、麻里奈は助手席のシートにしがみついて転がるのを防いだ。
「ちょっと克己!?」
「悪い! つか、車がある分飛距離が出せないんだ。もう少し刻んでくれ!」
「ああそっか。トレーニングは人だけだものね」
「そう言うこと」
「じゃあ、次はこの辺で」
「OK」
そうして、数回飛ぶと、飛行物体が旋回しているエリアに到着した。譲は念のため、ライトを消してクルマを走らせる。
「あ、あれじゃない?」
麻里奈が指差す方角に、鈍い黒色をした航空機のようなものが見えた。
見えたと言っても、麻里奈と譲は透視で見たのであって、克己には何も見えない。ただ、低空を飛行しているのか、音だけは聞こえる。
「そーいや、コイツはどこの所属なんだ?」
「それも不明だ。人が乗っているようなら、ゲットしてこいとのことだ」
「アバウトな指令の割に、人使いが荒いな……」
車と人間3人を纏めてテレポーテーションしてきたせいで、克己は既に息があがっている。
「とりあえず、車を止めて捕獲を試みる。麻里奈、アレの詳細まで見えるか?」
譲が車を止めて麻里奈に聞く。
「雨が邪魔だけど、ミサイルじゃなく、航空機ね。人も乗っているわ」
「国は解るか?」
「速度が速すぎて、ちょっと見えないわ」
航空機が高度を保てる速度だ。見えなくても仕方がない。
克己は時計を見る。
「あと5分でいけるか?」
「誰に言ってるんだ」
克己の問いに、譲はニヤリと笑って車を降りた。
「ちょっと、ゲットしてくる」
そう言うと、譲は地面を蹴り、空高く飛んだ。
そこからはあっと言う間だった。
3分程で、譲がふわりと空から降りてきたと思ったら、その後ろから黒い航空機が降りてきた。尾翼に入っているマークを見るに、中華統一軍の物と思われる。乗員は10名ほどの小型機だ。と言っても、当然それなりの重量はある。それをPKで浮かせながら、運んでいる譲に、克己が聞いた。
「重くないのか?」
「重いな」
中を覗くと、操縦席の人間は全員意識を失っているようだ。
「克己。とりあえず、中の人間を拘束してくれないか? 蔦でかまわない」
「OK」
克己は車に乗ったまま、乗員をシートごと固定してしまう。
「ついでに、コイツごと飛べたら有り難いが、いけそうか?」
「え」
車だけでも不可がデカいのに、更に巨大な航空機ごとテレポーテーションをしろとは。
「行けて、10kmを一回かな……」
「じゃ、とりあえず本部の方角へ一回よろしく」
「お、OK……」
ずぶ濡れの譲が運転席に乗り込むと、マップを表示する。麻里奈が広めの安全そうな場所を探し、指差した。
「ここ、かな。克己、頑張って」
「おう。頑張る」
少し集中した後、克己はテレポーテーションで航空機ごと飛んだ。
「も、もうムリ……」
ぜーはーと息を切らせて、克己が根を上げた。彼にしては珍しい事である。
「あと20kmってところか」
「今度はお前が飛ぶのか?」
「さすがに俺のテレポーテーションは、そこまで性能が高くない。このまま、持って行く方が楽だな」
相当重量のあるものを、けろりとした顔で浮かせている譲に、克己と麻里奈は引き気味だ。
譲は改めて車のエンジンをつけると、メガネを取り、胸ポケットへ入れ、前髪をかきあげた。水滴が落ちてくるのが邪魔らしい。
そのまま、譲は車を走らせながら、ウィンドウを開いた。
「真維。空軍に連絡して、荷物を取りに来るよう言ってくれ。中間地点で合流したい」
『わかったわ』
真維が連絡を入れると、空軍は既にスタンバって居たようで、思ったより早く合流できそうだった。
途中、意識を取り戻した中華統一軍の人間が何か叫んでいたが、生憎の雨と防音対策のお陰で何も聞こえなかった。
比較的余裕のある麻里奈が、彼らを透視で見ながら譲に聞いた。
「ねえ、譲。あの人たち、何て言ってるの?」
「卑怯者とか色々と罵っているな」
「ふーん」
なんと言われても、気にするメンバーではないので、それで話は終わってしまう。
やがて空軍と合流し、航空機を丸ごと渡した時は、さすがに空軍の人間も顔がひきつっていたが、任務だと思ったのか、特に何も言われる事は無かった。
引き渡しが終わると、今回は本部に行かずそのままESPセクションへ戻ることになった。
引き渡しの間、克己と麻里奈は車の中だったが、譲は外に出て空軍と話したり航空機を動かしたりと、色々していたため、ふたたび車に戻ってきたときには、ずぶ濡れの上に、冷たくなっていた。
「麻里奈。運転交代出来るか?」
「えっ!? ナビがあれば出来るけど……」
麻里奈は農作業で車を使うし、北海道出身のため、車の運転自体は出来る。ただ、このあたりの地理に明るくないため、無事たどり着けるかと言われると疑問が残る。
「ナビくらいなら俺が出来るぞ」
克己が申し出た。それならと、麻里奈は運転席に移動し、譲が後部座席に転がった。
「ちょっと寝る。着いたら起こしてくれ」
「お前、風邪引くぞ」
「大丈夫だろ」
そう言うと、譲はすぐに意識を手放した。さすがに限界だったのだろう。
運転を変わった麻里奈は、速度はほどほどに出しつつも、安全運転で走っている。
と、一度降りて座席を交代したわりに、麻里奈が濡れていない事に克己が気付いた。
「なんでお前、濡れてないんだ?」
「え? ああ、譲がシールドで雨を遮ってくれたから」
その言葉に克己が呆れた。
「コイツ、こんな状態になってまで、そーゆーことするのかよ」
「せめて暖房付けてあげようかしらね」
「そうしとけ」
2人には適温だったが、これで譲に風邪でも引かれたら寝覚めが悪すぎる。
雨の中だが、少しずつ明るくなり始めた頃、車はESPセクションに帰還した。