14.深夜の夕食
結局、システムの話が終わったのは、深夜だった。気付けば、近くのテーブルの上に、夕食の差し入れらしきものが置いてある。
「いつの間に」
「克己君が来ていたのは見たね。ちょうど、話も良いところだったから、中断はしなかったけど」
「集中しすぎて気付かなかったな。そういや、腹も減っている」
「僕もだよ」
そう言うと、創平はテーブルに置かれたバスケットの中から、料理を取り出して並べていく。
それを横目で見て、譲は話し合いの間に思い付いたアイデアをウィンドウにメモしていく。
「食べないのかい?」
「これが終わったら食べる」
やれやれと肩をすくめた創平は、譲が作業するのを見ながら食事を始めた。
「相変わらず、ここの食事は美味しいね」
冷たくなってしまった料理でも、本部とは比べ物にならない。
「それには同意する。そういえば、ドイツは食事はどんな感じなんだ?」
譲が世間話のついでのように聞く。
「炊き出しが主だね。給食みたいな感じさ」
「じゃあ、本部よりマシなのか?」
「どうだろうね。時間が決められていて、その時間を逃すと食べられないから、利便性は悪いんだよ」
「他の食事の手段は?」
「配給が少しあるが、階級によって量も違えば、そもそも少ないから、譲は生きていけないかもしれないね」
「時間制限はツラいな」
そう言うと、譲はウィンドウを閉じて、創平の向かいに座った。
「揚げ物が多いな」
「苦手かい?」
「物に寄る」
譲は箸を取ると、まず揚げ出し豆腐を一口食べた。
「さっぱりしてるだろう?」
「ああ。生姜がきいていて良いあんばいだ」
譲がラップに包まれたおにぎりをバスケットから取り出すと、ひらりとメモが落ちた。
「紙?」
珍しい、メモ用紙に手書きで『おにぎりは麻里奈が愛情を込めて握りました! 創平ちゃんおつかれさま!』とハートマーク付きで書かれている。
譲はげんなりとして、その紙を創平へ放り投げた。
「いやはや、可愛いじゃないか」
創平は楽しそうに微笑むと、そのメモ用紙を懐にしまった。
「麻里奈がかわいく見えるのは、アンタだけだろ」
「そんな事は無いと思うけどね。普通に、麻里奈は見た目も反応も小動物のようで、可愛いだろう?」
「良く解らん」
譲はつっけんどんにそう返した。そもそも譲は、人の顔の美醜には興味が無いし、反応も心理学的に分析する癖が付いているため、可愛い可愛くないという判断は良く解らない。
そんな譲を知っていて、あえて話を振った創平は、楽しそうに笑う。
「君は、可愛いと言うより綺麗だね。反応は興味深くて好ましいよ」
「……いちいち俺のことを付け加えなくて良い」
「そうかい? やきもちを妬いたりはしてくれないのかい?」
「くだらん」
予想通りの答えが返ってきて、創平は楽しそうに笑った。
それに不愉快そうな顔をして、譲は片手でウィンドウを開いた。
「憲人の成長速度についてだが」
ウィンドウに折れ線グラフが表示される。
グラフには、注釈が多く付けられており、主にその身長の年齢など、譲が気付いた点を書き加えたようだ。
唐突な話題転換だったが、創平はざっと見て意見を言った。
「二次曲線を描いているんだね」
「ああ。当初より今の方が成長速度が早い。ただ、身長に比べて体重が軽いのが気にかかるが」
「追いついていないだけじゃないかい? そのうち、体格も良くなるだろう」
「根拠は?」
「パッと見の骨格からかな」
「ふむ」
譲は医療は専門外だ。調べて解ることなら、付け焼き刃でなんとかなるが、こういう差まではさすがに埋まらない。
「成長速度は止まると思うか?」
「今はまだ、何とも言えないな。このまま、グラフ通りに進む可能性も無くはない。ただ、この成長速度は明らかに人為的なものだろう。だとすると、目的の年齢になった段階で、成長が止まっても不思議はないね」
「やっぱりそう考えるか」
「それから、失敗パターンも考えられるな」
「ああ。まだ実験段階の失敗作でしたってオチな」
「それだね。この場合は、今後どうなるか全く読めないね」
「……一番考えたくないパターンだな」
譲の言葉に、創平は愉快そうな顔をした。
「情がうつったのかい?」
「まあ、多少はな」
毎日一緒に居るのだ。完全に情が移らない方が無理がある。
が、素直に認めた譲が意外だったらしく、創平は言った。
「君は、少し変わったね」
「そうか?」
「ああ。以前より、人間らしくなった気がするよ」
「どういう意味だ」
ウィンドウを消して、譲は食事を再開する。
その様子を見て、創平は食べ終えた食器を重ねた。
「ここのメンバーのおかげかな? 良い変化なんじゃないかい?」
「……」
確かに、以前に比べてここの連中に気を許している自覚はある。
だが、あくまで一部分だ。根本的なところはそう簡単に変わりはしない。
それに、変化が必ずしも良いものとは限らない。気を許す事と、傷付く事は表裏一体なのだ。
譲はまだ、その強さを持てはしない。
「1人の方が気楽で良い」
譲の言葉に、創平はやれやれといった仕草をする。
が、深くは追求せず、譲の頬を撫でた。
「今日、この後の予定は?」
「もう遅いから、寝るだけだ」
「それじゃ、お邪魔しても問題ないね」
「……」
どう問題が無いのかは解らないが、とりあえず譲は、創平を無視して食事に集中する事にした。