12.『普通』と『特別』
「今日のスケジュールは、全員オフだ」
「平日なのに?」
朝食の最中の、譲の言葉に克己が聞いた。
すると譲がオムライスを食べながら答える。
「創平から、システムの更新分について詳しく聞きたいと言われたんだ」
「すまないね。思っていたよりボリュームがあって、とても通常業務をしながら、学べる量じゃなかったんだ」
苦笑して言う創平に、麻里奈と克己が目を丸くする。
「創平ちゃんが追い付かないって、譲ってすごかったのね」
「つか、いつの間にそんなアップデートされてたんだ? 俺ら、毎日『真維』は使ってるけど、なにもわからなかったぜ?」
「解るほど大規模には、やってない。……つもりだったんだが」
「ああ、お前の『普通』ってヤツか」
最近たまに克己に、譲の『普通』と常人の『普通』はズレていると言われてはいた。
しかし譲にとっては、当然自分が基準になるので、そう言われても良く解らない。
「何を『普通』とするかは、それぞれの自由で良いだろ」
「良いけどさ、大多数とズレてるってことだけは、自覚しておいた方が良いと思うぞ」
「余計なお世話だ」
譲はオレンジジュースを飲み、オムライスを流し込んだ。
「先にコンピュータールームへ行ってる」
「了解」
譲は不機嫌そうに席を立つと、そのままコンピュータールームへと歩いていく。
その背を見送りながら、るいざはサラダを克己の皿に追加した。
「克己、言い過ぎよ」
「そうか?」
「譲に『普通』の話は止めておいた方が良いわ」
克己は追加されたレタスを食べながら、肩を竦める。
「まあ、確かに、『普通』じゃないトコばっかりだもんな、アイツは」
すると、麻里奈がトマトを食べながら言った。
「克己には言われたくないと思う」
「お前にも言われたく無いけどな」
「それどういう意味よ」
「そのまんまの意味だけど?」
「あーもー、ケンカしないの! ホント、似たもの同士なんだから!」
「「どこが!?」」
克己と麻里奈がキレイにハモって答えたので、憲人が吹き出した。
創平も笑いながら、それでも仲裁を試みる。
「まあ、みんな個性があって素晴らしいじゃないか。僕は普通だから羨ましいよ」
「創平ちゃんだってちゃんと素敵よ!」
麻里奈がコロッと態度を変えて、創平に向き直る。
「ありがとう、麻里奈」
そう言って創平は麻里奈の頭を撫でると、麻里奈は頬を赤くした。
その様子を見て、克己がボソッと言う。
「……どこが『普通』なんだか」
「それには同意するわ」
るいざが今度は克己の味方になった。
その一部始終を見ていた憲人は、1人達観したようにオムライスを口に運んだ。
コンピュータールームに入ると、譲は『真維』を呼んだ。
エフェクトとともに、真維が姿を現す。
正直、エフェクトは無くても構わないのだが、いきなり出現したり消えたりすると、心臓に悪いのをはじめで体験しているため、真維は敢えて無駄なエフェクトを出し、ゆったりと出現する。
『西塔さんが来るまでの話し相手?』
「いや、昨日のシステムの追加分について聞きたい」
『そういうことにしてあげるわ』
真維はいたずらっ子のように笑うと、ウィンドウを展開した。
『昨日追加したのはこの部分だけど、構文が少し間違っていて、一部ループしてたわ』
「どの部分だ?」
『ここよ』
「ケアレスミスか。集中しきれてなかったな」
『直して起動したけど、処理速度が速くなったとは言い難いわね』
「元の方が速いか」
『でも、精度は増すわ。両方の良いところを取りたいところね』
「また、難しいリクエストを」
譲はウィンドウを開くと、プログラムを組み始める。
構文を羅列していると、ささくれ立った心が落ち着いてくる。動作を想像し、処理を考えていると夢中になってしまう。
と、真維がふわりと譲を後ろから抱き締めた。
『そろそろ西塔さんが来るわ』
「……ああ、解った」
すっと消えた真維に、譲はウィンドウを整理すると、ちょうど創平がコンピュータールームへと入ってきた。
「おまたせ」
「いや。今日は時間はあるから大丈夫だ」
「そうかい?」
創平は譲の隣まで来ると、譲の顎を取り、唇を重ねた。
「……そういう時間は無いが?」
「無防備だったから、ついね」
そう言うと、創平もウィンドウを立ち上げた。
「昨日、夜に見られる限りは見たんだが、やはり理解出来ない部分がいくつかあってね」
「どっちからやる? 疑問点と、そもそものシステム構造の話と」
「どちらからやるのが効率的かな?」
「一長一短だな。とりあえず疑問点を聞こう。それから判断する」
「賢明だね。リストアップはしておいた。これになるんだが」
「ふむ」
譲はリストをざっと眺め、ウィンドウを展開した。
一方その頃、るいざと克己は食堂で食後の片付けをしていた。
「克己。やっぱり譲に『普通』の話は止めて置いた方が良いんじゃない?」
「でもさ、普通とズレてるってことくらいは自覚しておかないと、余計な軋轢をうんだりしないか?」
「そうだけど……。でも、譲って、普通の所を探す方が難しいじゃない?」
「まあな」
確かにるいざの言うとおり、譲は頭脳も能力も、普通ではないし、なんなら経歴も普通ではない。
「多分、『特別』な事で、今まで嫌な思いをしたんだと思うの」
『特別』というのは良いことばかりではない。むしろ、日本においてはマイナスの方が大きい。
「だから、『普通』とか『特別』とかじゃなく、『譲』は『譲』で良いと思うの」
「……確かに」
克己とて、個性を否定したい訳でも、譲に『普通』という枠に入って欲しい訳でもない。
「必要があれば、私たちがフォローすれば良いだけよ」
るいざはそう言うと、克己を見て微笑んだ。
「まあ、それもそうか」
克己は素直に、納得する。
そして言った。
「るいざは相変わらず、男前だな」
「ちょっと、それほめてるの?」
「ほめてるよ。なんなら尊敬もしてる」
「もう。そこまで言うと逆に嘘臭いわよ?」
「本音なんだけどな」
最後の皿を洗い終わり、水切りかごに置いて、克己は苦笑した。
「さて、今日はどうする? 俺としては、久し振りに2人きりで、テラスでティータイムと洒落込みたい所だけど?」
「良いわね。アイスボックスクッキーを仕込んであるから、焼きながらのんびりしましょう」
「良いね! じゃ、たまには豆を挽くかな」
「克己の淹れたコーヒーは久し振りね。楽しみだわ」
2人はのんびりと、ティータイムの準備を始めた。