10.克己の料理
克己の作る食事は、基本的にアメリカの食事か、大鍋で炊き出しで作るメニューのどちらかが多い。たまに食べたいからという理由で、他のものを作ることもあるが、大抵は二択である。
「今日は何を作ろうかな~」
そう言って冷蔵庫を開けて、中身を見る。
「スクランブルエッグとベーコンは朝あったしなあ。……せっかくだし和食にするか」
和食と言っても炊き出しメニューである。
「豚汁とご飯。メインは冷凍のコロッケを揚げて、後はサラダかな。あ、缶詰めもあるな。これも食っちまおう」
ひとまず、時間のかかる米をとぐところから始める。給水時間なんか無視して、といだらそのまま炊飯だ。
「おし、次は豚汁~」
上機嫌で食事の準備をする克己だった。
頭痛で寝込んでいたるいざだったが、一眠りすると症状は改善していた。
まだ、トレーニングなんかは無理だろうが、普段通りの生活ならおくれそうだ。
ベッドサイドには椅子が残されていて、その上にはむいたリンゴが、ラップをしてある。当然、フォークも置いてあるし、新しい水のペットボトルも置いてある。至れり尽くせりである。
「さっすが、男前よね~」
はじめがパッとあらわれて言った。それにるいざも同意する。
「優しいし気配りも出来るし、顔も良いし身長も高い。高物件よね」
「でもるいざは落ちないんでしょ?」
「だって、ドキドキしないもの。こればっかりは仕方ないわ」
「まあね。恋愛なんて、理屈じゃなく本能でするものだって言うしね~」
るいざはベッドに腰掛けると、ありがたくリンゴを食べる。可愛くウサギさんになっているリンゴが2つほどあって、和んでしまう。
「克己君も器用よね」
「そうね。ここに居ないってことは、食事を作ってくれてるのかしら?」
「そうみたい。今日は炊き出しメニューだって」
「じゃあ、豚汁はあるわね。手伝った方が良いかしら?」
ベッドから立ち上がって、るいざは着替えを始める。
「身支度が整う頃には、出来てるんじゃない?」
「克己、そんなに手際が良かったかしら?」
嫌みではなく、素直に疑問に思いるいざが聞くと、はじめはふるふると首を横に振った。
「細かい作業は真維に頼んでるから、手間が減ってるみたい」
「克己、頭良い! 私も今度真維と料理してみようかしら」
確かに、ただ切るだけとか、洗うだけとか、単調な、真維に頼めばかなり楽になる作業はいくらでもある。全然気付かずに、ずっと普通に作っていたるいざは、目から鱗だ。
「克己君が作ると、男の料理!って感じで良いわよね。料理は個性が出るわ」
はじめがふよふよ浮きながら、ひとりで頷いている。
「確かに個性が出て面白いわよね」
るいざは着替え終わると、洗面所へ向かう。
髪をとかして、いつものおさげを作る。それから歯を磨いて、顔を洗う。
「よし、克己のお手伝いをしに行こうっと」
「いってらっしゃい~。気を付けるのよ」
「はじめさんこそ気を付けてよね。憲人ならまだしも、西塔さんに見られたら、私は知らないふりをするから」
「え~!? 助けてくれないの!?」
「無理」
「仕方ないわね。じゃあ気をつける」
仕方ないとはどういうことか。
と、思ったが深くは聞かずに、るいざはテラスへと向かった。
歩いてきたるいざの姿を見つけて、克己が嬉しそうに笑った。
「お、生き返ったか!」
「おかげさまで。手伝えることがあればと思って来たんだけど、何かある?」
「じゃあ、テーブルを拭いて、食器を出してくれるか? 俺、今、揚げ物してるからここを動けなくて」
「何揚げてるの?」
「コロッケとかメンチカツとか、冷凍庫にあったのを適当に」
「良いわね。私はあんまり揚げ物はしないから、喜ばれそう」
「だと良いけどな」
るいざは台拭きを水で濡らすと、テーブルを拭き、食器や調味料を出していく。その頃には豚汁の良い匂いもしてきた。
やがてご飯が炊けて、少しすると、トレーニングルームの方から麻里奈と憲人が姿を見せた。
「あ、るいざ! もう大丈夫なの?」
「大丈夫よ。心配かけちゃってごめんね」
「ううん。あれだけ呑んでれば仕方ないわ」
「って、私そんなに呑んでたの?」
「覚えてないの!?」
「途中から記憶が無いの」
「え~!? もう、スッゴいハイテンションになって、譲に絡んだり歌ったり踊ったり、とにかくすごかったんだから!」
「え……」
るいざは青くなって、事の真偽を確かめようと克己を見た。すると、克己は静かに頷いた。
「まあ、いつも通りだな」
「あれ、いつも通りなんだ……」
憲人までしみじみと言っている。
後悔先に立たずとはこの事だ。そして、るいざは何度同じ失敗を繰り返そうとも、お酒の誘惑には勝てないのだった。
「それより、譲と西塔は?」
克己がコロッケを山盛りにした大皿を持って来て、聞くと、憲人が答えた。
「なんかね、システムの話が中途半端だから後で来るって」
「なるほ」
「じゃ、先に食ってようぜ。るいざは腹減っただろ」
「もうペコペコ。朝ご飯食べられなかったから」
すると、憲人も麻里奈も頷いた。
「私もお腹ペコペコ」
「僕も!」
「俺が作ったから簡単な物ばっかだけどな」
克己の言葉に麻里奈は言った。
「豚汁は豪華よ! 克己の事だから具沢山なんでしょ?」
「当然」
「最高じゃない!」
すると、憲人も言う。
「僕はコロッケが嬉しいな。メンチカツもある?」
「あるよ。つっても、冷凍のヤツを揚げただけだけどな」
「でも、揚げ物できるってすごいと思う!」
目を輝かせて言う憲人に、克己も嬉しくなる。
すると、思い出したようにるいざが聞いた。
「そういえば、冷凍庫に、たくさん種類が合ったと思うけど、全部やったの?」
「種類は全部やった。量は加減したつもり」
「それなら合格だわ。私も、本部から取り寄せたは良いけど、なかなか使う機会が無くて余らせてたから」
「なるほど。まあ、るいざの合格が貰えりゃ、間違いないな。じゃ、熱いうちに食おうぜ!」
「そうしましょう!」
全員で支度をすればあっと言う間だ。
4人は手を合わせると、一斉に言った。
「いただきまーす!」