9.二日酔い
その頃、るいざはようやく起きられる状態になっていた。
「大丈夫かあ?」
「うん、なんとか……」
寝室で、克己に水を持ってきてもらい、自力で飲むと、るいざはまたベッドに沈み込んだ。
「あたまいたい~」
「二日酔いは水分不足が原因らしいから、水をたくさん飲んどけ」
そう言って克己はペットボトルに入った冷たい水を、コップに移す。
「冷蔵庫にも水が入ってるけど、本当はスポドリとかのが良いかもしれないな」
「……私あんまり好きじゃないのよね」
「知ってる。だから水を持ってきたんだ」
「さすが、克己」
「そりゃ、こうなったるいざを看病するのも長いからな」
「お世話になってます」
「いえいえ」
そう言って、克己は持ってきたリンゴを剥いている。
「つーか、いつもはハイテンションになった後、すぐ眠っちまうのに、昨日はずっと起きて呑んでたな」
そう言う克己に、るいざは天井を見たまま答えた。
「多分、西塔さんが居たから緊張してたんだと思う」
「よっぽど警戒してるんだな。ほれ、食え」
「ありがと」
るいざは身体を起こすと、リンゴを食べる。
「美味しい」
「食えそうならメシも食えよ?」
「それはまだ無理そう」
「じゃ、気分の悪くならない程度に食べて、水飲んで寝るんだな」
「そうする……」
リンゴを半分食べたるいざは、もう一度水を飲んで横になった。
克己は一度リビングへ行くと、本を一冊持ってきて、ベッドサイドに置いた椅子に座った。
「付き合わなくても良いのよ?」
「暇だし、午前中だけな。今日はコンソールルームに行っても邪魔になりそうだしさ」
「譲と西塔さんの?」
「いや、憲人の」
意外な回答に、るいざがきょとんとする。
「憲人? 勉強の?」
「それがさ、今日は抜き打ちテストなんだよ」
「テスト! ……っいたたた」
「急に大声出すからだ」
「だって驚いちゃって。テストってどういう事?」
「普通の学力テストだよ。そろそろ三学年分終わるからだってさ」
「もうそんなに進んでるのね。って言うか、テストって懐かしいわね」
「それな。で、話してても邪魔になるだろうからさ。それでここで時間つぶし」
きっと今言ったことも嘘ではないのだろうが、るいざを心配してというのが本当の理由なのだと思う。やっぱり克己は優しい。
「あ、でも昼飯の支度の時間になったらテラスに行くから」
「お昼なら、私も多分手伝えるわよ?」
「たまにはゆっくりしとけよ。西塔もひと月いるし、気が休まらないだろ?」
「それはそうだけど……」
るいざは少し考えて、頷いた。
「じゃあ、お昼は甘えちゃおうかな。夜は作るから、楽しみにしてて」
「おう。やっぱ、るいざの料理が一番旨いからな」
ニカッと笑って屈託無く言われて、るいざは良い気分のまま目を閉じた。
しばらくすると、るいざの寝息と、克己の本のページをめくる音だけが部屋に響いていた。
「譲、早く終わった時はどうすれば良いの?」
唐突に憲人に聞かれ、譲は頭を切り替えた。
「見直しして、完璧だと思ったら俺に提出して、休憩していいぞ」
「はーい」
憲人は素直に1問目から見直している。
が、すぐに終わったようで譲のところへ持ってきた。
「はい!」
「おつかれ。次は11時からだから、それまで休憩だ」
「じゃあ、麻里奈を見てよっと」
ウィンドウを開いてトレーニング中の麻里奈を眺めている。
まだテストを開始して35分程しか経っていない。採点結果にもよるが、もう少し学習速度を上げても良いのかもしれない。
「トイレに行きたかったら行っておけよ。テスト中は行けないからな」
「平気!」
元気の良い憲人の返事に、答案用紙を持ったまま創平のところへ戻ると、なぜか創平は笑っていた。
「なにかおかしかったか?」
「いや、君に子供の相手が出来るとは思っていなかったからね」
「ああ」
譲自身も、自分に子どもの相手が出来るとは思っていなかった。が、憲人は聞き分けが良いし、成長も早いため、最近は大人と同じ扱いでも問題は無い。型で押したような子どもの相手とは違うので、譲でも何とかなっているというのが大きい。それに、譲がどうにもならなくなったら真維がサポートする。それを見ているうちに、見様見真似で出来るようになったのだ。
「まあ、人間は成長する生き物だからな」
「なる程ね」
創平は面白そうにそう言うと、今度はウィンドウを指差した。
「ちなみに、ここの所の分析について聞きたいんだが?」
「ああ。そこは最近テストで入れてみたんだ。アメリカ連合軍の、能力妨害装置を分析した結果、ドイツ式とは違う理論を使っているようだった」
すると、創平も笑みを消して譲を見た。
「どう違ったんだい?」
「ドイツ式は発動した能力を分析するが、アメリカ式はどうも、能力を発動するときの、能力者の脳波をターゲットにしているようだ。それで、能力を使うときの能力者の身体の中も分析にかけてみているところだ。まだデータを集めている段階で、結果は出ていないがな」
結果が出ていないとは言え、能力妨害装置の分析も時間がかかっただろうに、その対応のプログラムを、テストとは言え既に実用化しているのその能力に、創平は舌を巻く。
「良く、そう簡単に出来るもんだね。感心するよ」
「良いものは取り入れたいからな。それに、敵を把握するのも重要だ」
何でもない事のように言う譲に、創平が苦笑する。
「もっともだが、普通はそれが難しいんだよ」
「ふうん?」
良く解らないようで、譲は首を傾げた。このあたりが、譲が他の人とズレている点であり、彼の能力の高さを物語っていた。
そして、創平が譲を気に入っている点でもある。
「データはどこにあるんだい?」
「いつものサーバーに。ルートから新しく『ame』フォルダーが出来ているだろ? そこの中に一式入っている」
「理論と構想も入っているじゃないか。良いのかい?」
いくらいずれバレると言っても、さすがに隠す気が無さ過ぎるシステムの内部に、創平も面食らう。
が、譲は何でもないことのよう答えた。
「かまわない。が、作業中フォルダの中身は、見るのは構わないが触らないでくれ。今プログラムを組んでいる最中なんだ」
創平はそのプログラムを開いてみる。
と、書き掛けのプログラムが開かれる。
「相変わらず、君は独特の組み方をするね」
「自己流だからな。普通がどんなものか解らん」
そう言うと、譲は憲人を呼んだ。
「次のテストを始めるぞ」
「はーい」
憲人はおとなしくウィンドウを閉じて、机についた。