8.トレーニングとテスト
朝食を取り始めてしばらくすると、譲が気怠げな様子で姿を見せた。
「おはよーさん。寝坊か?」
「そんなところだ」
克己の言葉に譲はおざなりに答えると、椅子に座った。そこで、るいざが居ないことに気付く。
「二日酔いか?」
「るいか? そう」
「あれだけ飲めばな」
譲は用意されていたマグカップにコーヒーを淹れると、ミルクを足してカフェオレにし、ライ麦パンに手を伸ばした。
その様子を見ていた克己が、譲の髪に手を伸ばす。
「シャワーでも浴びてたのか? 髪が濡れてるぞ」
「ああ。寝覚めが悪かったからな」
譲は特に拒絶するでもなく、克己の手をそのままに、ウインナーとスクランブルエッグとサラダを皿に取る。
無言で食事を始めた譲に、麻里奈が朝からお説教をした。
「いただきますくらい言いなさいよ」
「……いただきます」
ため息を吐きつつも、従った譲に、麻里奈は頷く。その様子を見て、創平が微笑んだ。
「麻里奈は相変わらずしっかりしてるね」
「当然よ! 挨拶は大事なんだから」
胸を張って言う麻里奈に、克己が驚きの表情を浮かべる。
「麻里奈が? しっかり?」
「何か文句でもあるのかしら?」
「いや、多分空耳だから大丈夫」
「失礼ね! 私はいつでもしっかりしてるわよ!」
「そう言うヤツほど、しっかりしてないもんだけどな」
「ははは」
「創平ちゃん、今笑わなかった?」
「気のせいだよ」
和やかな朝食風景に、譲はカフェオレを飲むと、今日の予定を発表した。
「今日は、午前は麻里奈のトレーニング、午後は克己だ。それから、憲人はコンソールルームでテストだ」
「テスト!?」
なぜか克己と麻里奈が驚く。
当の本人である憲人はきょとんとしている。
「テストって、何するの?」
憲人の疑問に、譲が答えた。
「今までの勉強が身についているか、問題を解いて調べるんだ」
「ふーん」
「また急ね」
麻里奈が言うと、譲は何でもない事のように答える。
「そろそろ三学年分終わるからな。今後は1学年ごとにテストした方が良いかもしれないが」
「もうそんなに進んでるのね。すごいわ、憲人!」
「まあ、分野を絞ってるからな。テストの結果次第で、今後の学習速度を考える。向き不向きも解るだろうし、まあ、気楽にやればいい」
「わかった」
頷く憲人は、チョコデニッシュを頬張り、モグモグしている。
すると、創平が譲に聞いた。
「僕もコンソールルームに居てもいいのかな?」
「むしろ居てもらわないと、意味がない。トレーニングの分析の方式をバージョンアップしたんだ」
「それは興味深いね」
創平が楽しげに言ったが、克己と麻里奈はそんな話は初耳である。
「俺ら、そんな話聞いてないんだけど?」
「言う必要が無いからな」
「俺らの扱い、雑じゃね?」
克己が不満そうに言った。
すると、譲はウインナーを音を立ててパキッと歯で割って言った。
「なら、午前の説明にお前も来ればいい。解るまで説明してやる」
とても解る自信が無い克己は、早々に辞退した。
「……俺、るいざの看病しねえとだからパスで」
「そうか。その気になったらいつでも言うと良い」
「あ、ハイ」
克己の返事に、譲はいくぶん機嫌が良くなったようで、そこからはわりと和やかな食事風景に、戻ったのだった。
トレーニングルームでは、麻里奈が準備運動をしている。最近は、怪我を防ぐためにトレーニングの前と後に、必ず準備運動とストレッチをするようになっていた。ESPと言っても、結局は身体も使うわけで、身体が温まっていないと怪我をするのだ。
その様子を見ながら、創平には真維を触っていてもらい、譲は憲人に言った。
「今日は時間を計る。45分やったら15分休憩で、午前に国語と算数、午後に理科、社会、英語だ。いつもより少し長めになるから、疲れたら休憩時間に言ってくれ」
「わかった」
「それじゃ、国語からだな。問題用紙はこれ、回答用紙はこれ。名前も忘れずに書くように。真維は見てはいるが、質問には答えない。自分の力だけで解くように」
「はーい」
そう言うと、憲人はまず、一番上の名前の欄に『けん人』と書いた。『憲』という字は難しすぎるので、まだ書けなくても問題は無い。
譲は憲人を真維に任せると、創平の方へ歩いていった。
「どうだ? 以前より多少弄っているが」
「どうもこうも、これで多少と言うんだから恐れ入るよ。まずインターフェースが段違いだ」
「以前はどこか、パソコンの域を越えていなかったからな。出来るだけ視覚的に把握出来て、直感で操作出来るように改良した」
「この表側のプログラムだけでも良いから、ドイツに持って帰りたいね」
「そのくらい、アンタならひと月も経たずに記憶出来るだろ。好きに真似すれば良いさ」
「太っ腹だね。では、ありがたく盗める技術は盗ませて貰うよ」
「アンタがくる時点で、ある程度は想定してるからな。まあ、真維が2人になる事態だけは避けたいところだが」
「それはさすがに無理だろう」
「だといいがな」
譲はマイクのスイッチをONにして、麻里奈に話し掛けた。
「それじゃ、トレーニングを始めるぞ」
『いつでもオッケーよ!』
麻里奈の回答に、譲はトレーニングのシステムを起動した。