7.部屋の鍵と和やかな朝食
酒宴も終わり、各自、自室へ戻ってしばらくした頃、譲もシャワーを浴びて、寝室でぼんやりと情報収集していた。
すると、突然真維が言った。
『譲、西塔さんが来たわよ』
「は?」
いや、来るのは予想していたが、来たとは一体どういうことか。
『克己とニアミスしそうだったから、鍵を開けてそのまま部屋に入ってもらったわ』
「……俺の部屋なんだが」
『気を利かせてあげたんだけど、克己と西塔さんが出会った方が良かった?』
「……良くない」
譲が憮然とした表情をしたとき、寝室のドアをノックされた。
部屋のドアは開けっ放しなので、ノックしなくても中は見えるのだが。
「こんばんは。鍵を閉めないのはここのメンバーの常識なのかい?」
「他のヤツらはともかく、俺は鍵をしている。真維が気を利かせて開けたんだ」
「へえ、相変わらず興味深いシステムだね。君の意思とは無関係なんだろ?」
「ああ。で、何の用だ?」
譲は展開していたウィンドウを閉じて、部屋の灯りをつけた。
創平は一度部屋に戻ったのか、少しラフなシャツとチノパン姿だった。
「久しぶりに会ったからね。積もる話でもどうかと思ってね」
「なら、憲人の事を教えろ。アンタは専門だろ?」
「いや、彼も興味深いね。まさかあんなに成長しているとは思わなかった」
「何言ってるんだか。どうせアンタはわかってたんじゃないのか?」
「まさか。本部にも登録されていない、真維の管理下にある人間の事までは、いくら僕でも解らないよ」
それはつまり、本部の情報は筒抜けと言うことになる。
解ってはいたが、日再は余りにザルすぎる。
「信頼する人間を、間違えていると思うんだ」
ため息混じりで言った譲に、創平は楽しそうに頷いた。
「それについては同意するよ」
そして、創平は譲の寝室へと入り、ドアを閉める。
「それより、この状況で他の男の話をするとは、妬かせたいのかい?」
「はっ、俺に執着してもいないクセによく言う」
「それはどうかな?」
創平は譲をベッドに押し倒し、ベッドに転がっていた機械のパーツを床に落とした。
「これでも、君のことは気に入っているんだけどね」
「どうせ面白い玩具だと思ってるんだろ?」
「ご不満かい?」
「いや?」
譲とて、創平は研究対象の1つであって、興味はあるが、特別な感情は無い。
「相変わらず、恋愛は苦手なのかな?」
「そういうのは、どうでも良い。アンタだってそうだろ?」
「どうかな?」
予想外の回答に、譲が訝しげな表情になる。
しかし創平は、笑って譲に口付けた。
「君に好きだと囁いて、嫌な顔をされるのも良いとは思うけどね」
「……変態」
「君に言われたくは無いな」
クスクスと笑い、創平は譲の頬を撫で、顎を取る。
「神崎君は優しいだろう? 満足出来ているのかい?」
「覗き見が趣味なのか?」
「情報には価値があるからね。そうだろう?」
「人の情事まで把握したいとは思わないな」
「僕も、そうさ。ただ、君に対する事だけが特別なだけさ」
「嬉しくないな」
即答した譲に、創平が笑った。
「で、大口叩いたアンタは、俺を満足させてくれるんだろ?」
「今まで満足出来なかったことがあったかい?」
「……」
譲はため息を吐いて、部屋の灯りを落とした。
翌日、テラスに一番乗りしたのは麻里奈と憲人だった。
「おっはよー!」
麻里奈がキッチンに向かって元気良く挨拶したが、そこにいつも居るはずのるいざは居なかった。
「あれ?」
麻里奈は首を傾げながら、ウィンドウを開いて真維に確認する。と、真維は苦笑しながら答えた。
『るいざは二日酔いで、まだベッドに沈んでるわ。朝食は簡単なものだけど用意したから、運んでくれる?』
「あー。昨日メッチャ呑んでたもんね。それは二日酔いにもなるわ」
麻里奈は憲人を呼ぶと、台拭きを渡した。
「憲人、テーブルを拭いてくれる?」
「いいよ」
憲人は快く返事をして、テーブルまで走っていく。その背中を見送り、麻里奈は、真維が用意したアツアツの料理をお皿に移していく。
今日はホテルのビュッフェのようなメニューだ。パンが主食でトーストに、バターロール、ライ麦パン、チョコデニッシュ。卵は茹で卵と、オムレツとスクランブルエッグの3種。それからカリカリベーコンにウインナーが3種。その他、チーズが5種と、サラダ、ヨーグルト、オートミールが用意されている。
麻里奈が皿に移していると、テーブルを拭き終わった憲人がキッチンへ戻ってくる。
「これ、運べば良い?」
「うん、お願い」
「俺も運ぶよ」
ちょうど起きてきた克己が、重いものをという事でミルクやヨーグルトを持つ。
「おはよー、助かるわ」
「Good morning。いや、るいざが多分二日酔いで落ちてるだろうから、早めに来て手伝わないとと思ってたんだけど、俺も普通に寝坊したわ」
笑って言った克己に、麻里奈も笑う。
「今日はみんなゆっくりね」
「だな」
そうして、朝食の準備が出来る頃、創平が姿を見せた。
「おはよう」
「おはよー、創平ちゃん!」
「おはようございます」
「支度を手伝えなくて悪かったね」
殊勝な雰囲気で言った創平に、麻里奈が即答する。
「いいのよ、そんなこと! 創平ちゃんはお客さんなんだから、のんびりしてて!」
「いや、でもひと月もお世話になるんだから、何か出来ることがあればするよ」
「もう、創平ちゃんったら、良い人過ぎなんだから」
麻里奈が、ニコニコしながらそう言う。
すると、克己も同意見だった。
「そうそう。お客様なんだから、手伝いとかは良いから、麻里奈の相手をしてやってくれよ」
「そうかい?」
克己としては、働かざるもの食うべからずな所はあるのだが、食事の手伝いをすると言うことは、基本的にるいざの手伝いをする事になる。
創平を嫌っているるいざの手伝いをさせるくらいなら、何もしないでいてもらった方が、るいざのためだ。
「そーゆーわけで、朝メシにしよーぜ」
「譲がまだ来てないけど?」
麻里奈の言葉に、克己は一瞬創平に視線をやったが、すぐに席に座りながら言った。
「食べてりゃ、そのうち来るだろ」
「るいざの分はどうしよう?」
「後で俺が持って行くよ。ほら、腹減ったから早く食べようぜ」
克己が会話を切り上げて、手を合わせる。
それを見て、麻里奈たちも席についた。
みんな、なんだかんだ言っても空腹なのだ。
「いただきます!」
4人でそう言うと、和やかな朝食が始まった。