6.歓迎会
「創平ちゃん、コートなんか着て、暑くないの?」
部屋に案内する道すがら、麻里奈は疑問に思って聞くと、創平は苦笑した。
「少し暑いね。部屋に付いたら脱ぐことにするよ。今脱ぐと荷物になるからね」
「それもそうね。どうせ部屋まですぐだものね」
麻里奈が先導しながら、住居ブロックの4階を歩く。
「部屋はね、前回と同じところなの。あ、でもちゃんとお掃除したから、キレイよ」
「麻里奈が掃除してくれたのかい?」
「そうよ」
「それは、ありがとう。嬉しいよ」
「創平ちゃんに喜んで貰えたのなら良かったわ! 移動した家具とかも、そのままの場所になってるから、使い易いと思うわ」
「前回来たのは半年以上前だけど、その間、誰も使わなかったのかい?」
「うん。特に誰か来ることも無かったしね。ここに長期間居たのは、千鳥ちゃんと創平ちゃんくらいなものよ」
その言葉に、創平が首を傾げる。
「憲人は入らないのかな?」
「憲人もそうね! すっかり家族みたいな感じで忘れてたわ。それに、憲人は今のところ私の部屋で暮らしてるから、私室って無いしね」
「まだ子どもだしね。でもそろそろ、自分の部屋は欲しくなる年齢じゃないかな?」
「確かにそうね。私の部屋の一室を空けて、憲人の部屋にしようかしら……」
「僕としては、ちょっと羨ましいけどね」
笑って言った創平の言葉に、麻里奈はきょとんとしたあと、照れたように笑った。
「もう、創平ちゃんったら! 憲人はあくまでも家族よ。心配する事は何もないわ」
「分かっていても、やっぱり羨ましいんだよ。心が狭すぎるかな?」
「私は嬉しいけど?」
「それなら良いんだ」
と、そこでちょうど、創平の部屋の前に着いた。創平が部屋の扉を開けると、指輪が反応して鍵が解除される。
「留守にしていたと思えない程きれいだね。麻里奈が相当頑張って掃除してくれたんじゃないかい? ありがとう」
「創平ちゃんのためなら、楽しかったから良いのよ! 荷解きも手伝う?」
「大して荷物はないから、大丈夫。それより、夕食なんかの時間を教えて貰えると助かるかな」
「あ! すっかり忘れてたわ。えっとね、ほとんど前と変わってないんだけど、朝食は7時半から、お昼は12時から、夕ご飯は6時半からよ。それから、これは新しく増えた決まり事なんだけど、週休2日制になったの」
「休みの日が出来たんだね」
「そうなの。と言っても、任務で無くなったり、逆にトレーニングの日でも休みになったりするから、完全にじゃないんだけどね」
「ちなみに今日は休みの日なのかい?」
「トレーニングの日だけど、創平ちゃんが来るからお休みになったわ。でも明日はトレーニングの日だから、見学出来ると思うわ」
「そうなんだね。じゃあ、少しはゆっくり出来るようになったってことかな?」
「そうね。生活にメリハリはついたと思うわ」
部屋に入る創平について、麻里奈も部屋に入っていく。
ここの住居は基本的にどこも日本式で、玄関で靴を脱ぐ形になっている。もちろん、強制ではなく個人の自由で、土足のままでも問題は無い。
が、しかし、譲も克己も創平も、玄関で靴は脱ぐ。どこか日本人を感じさせる瞬間である。
「今は4時か。夕食までは少し時間があるね」
コートを脱いで、創平が言った。
コートの下は背広を着ていて、脱いでも暑そうだ。
「休憩する? 長旅で疲れたでしょ?」
「ドイツからは昨日来たんだ。本部で一泊しているから、今日はそんなに疲れてはいないよ」
創平は人好きのする笑みを浮かべ、麻里奈に言った。
「せっかくだから、農場を見ながら、麻里奈の話を聞きたいんだけど、どうかな?」
「もちろん、大歓迎よ! でも、それなら背広も暑いと思うわ」
「そうだね。ワイシャツで行くことにするよ」
創平は背広の上着を脱ぐと、ハンガーにかけ、麻里奈をエスコートした。
「それじゃ、農場の案内をお願いしていいかな?」
「うん、喜んで!」
6時半になると、テラスにメンバーが集まり始める。
今日はさすがに、創平の歓迎会をするため、テーブルを2つくっつけて、広めのスペースにしている。
メニューは何でも良いとの事だったので、普段通りの和洋折衷にさせてもらった。
それでも、通常よりは少し豪華である。
シーザーサラダ、鯖の味噌煮、ミートローフ、白菜とシーチキンの煮物、出汁巻き玉子、春雨とたこの酢の物、五目炊き込みご飯、みそ汁、デザートはモンブランとティラミスだ。
そして、珍しく譲がワインのボトルを持ってきて、るいざのテンションが一気に上がる。
「どうしたの、それ!?」
「創平に、本部から持ってきてもらうよう頼んだ」
「一応、ダースで持ってきたから、足りるといいんだけど」
「さすがに足りるだろ……」
克己が呆れて言った。
「ありがとう! 嬉しいわ!」
「どういたしまして」
創平に対する苦手意識と、お酒に対する気持ちと比較した結果、お酒の方が勝ったらしく、るいざは珍しく創平に直接礼を言っている。
そして、早速ワイングラスと、憲人用にジュースを用意している。
用意が終わると、全員が席についた。
乾杯の音頭を取るのは、譲が辞退したため麻里奈である。
「それじゃ、創平ちゃんを歓迎して、乾杯~!」
「乾杯」
応えるように言ったのは創平と憲人、それから一応付き合わないとという義務感で克己とるいざで、譲は無言だった。
が、そんな事を気にする人間など、ここには居ない。
るいざは早速ワイングラスを空にして、二杯目を自分で注いでいる。
「創平ちゃん、何食べる? 取ってあげる!」
「自分でやるから構わなくていいよ。麻里奈も食べて」
「そう? じゃあ、食べよっと」
麻里奈を眺めながら、創平はみそ汁を一口飲み、しみじみとしている。
「久しぶりにみそ汁を飲むと、日本に来た気がするね」
「本部ではみそ汁出なかったの?」
聞いた麻里奈に、克己が答えた。
「本部の食事は、麻里奈が思ってるようなのじゃないぞ」
「そうなの?」
「そうだね。味は悪くないんだが、味気ないね」
「ふーん」
本部の食事を知らない麻里奈と憲人が不思議そうな顔をする。
と、るいざが克己にワインのボトルを突きつけた。
「開けて」
「へいへい。って、もう2本目じゃん!?」
「みんなも早く飲まないと無くなるわよ?」
おどしだか何だかわからない調子でるいざが言う。こうなったるいざに逆らうのは賢明ではない。克己は大人しくワインのボトルを開けると、るいざのグラスに注いだ。
すると、横からもう一つグラスが差し出される。譲である。注げとばかりに出されたそれに、克己はやれやれとため息をついた。
「はいはい」
まあ、譲はいくら飲んでもそこまで酔うことはないので、るいざに比べれば安心だが、それにしてもさっきからずっと無言で、不愉快そうにしている。原因は分かっていても、とても克己は楽しく酔えそうに無かった。
そんな克己をよそに、楽しそうに食卓を囲む麻里奈たちであった。