5.コンピュータールーム
一方、コンピュータールームへ行った譲はというと、相変わらず大量のウィンドウを展開して、なにやら作業をしている。
ウィンドウは投影式のため、半透明である。近くの椅子に座った克己がその様子を眺めて、ぼんやりしている。
「今日は何をしてるんだ?」
克己が聞くと、譲は手を動かしたまま答えた。
「真維のセキュリティーを強化している」
「今でもかなり頑丈じゃなかったか?」
「そうだが、外部から侵入するのと、内部でシステムを触るのとじゃ、危険度が跳ね上がるからな」
「対西塔ってことね」
「そうだ。アイツが本気を出したら、真維の掌握くらいされても不思議じゃない」
譲の言葉に、克己が驚いた。
「アイツ、そこまでシステム関係に強いのか?」
「以前の状態なら、真維には手も足も出ないレベルだったが、あれからどうしていたかが解らないからな」
「レベルアップしてることもあるわけね」
「そうだ。そのための措置だな」
譲のコンピューターの操作は、育ちの良さが出ているのか、優雅に見える。流れるように動く手を、克己はじっと見ている。
「お前は、コンピューターはどこで学んだんだ?」
素朴な疑問に、譲は少し沈黙する。
「……半分以上は自己流だ。それと、大学でだな」
「どこの大学?」
「ドイツとイギリスだが、それがどうかしたのか?」
「スキップしたのか?」
譲の疑問に答えず、克己は更に聞いた。
克己にしては珍しい事である。
「スキップして、15でドイツの大学へ入って、17でイギリスの大学に入ったが、結局院まで行って19で卒業した」
「スゲー早さだな」
「そのおかげで、大戦が始まったときはフリーだったわけだ」
「何か仕事していたのか?」
「ああ。システム構築の仕事を少しな」
「へえ。その時はどこに住んでいたんだ?」
「イギリスだが、今日はばかに質問が多いんだな」
「良く考えてみると、俺ら、お前のこと全然知らねーなって思って」
「特に楽しい話は無いぞ」
「そーか? 十分面白いけどな」
「そうか」
それきり譲は黙ってしまう。が、怒ったとかではなく、特にどうでも良い話題のようだ。
せっかくなので、克己は更に聞いてみた。
「日再にはいつ入ったんだ?」
「立ち上げ当初からだな。日再――日本再興機関の前身があって、大戦後しばらくはその組織が動いていたんだ。で、その時に例のウイルスが蔓延して、特殊能力持ちが生まれた」
譲が歴史の授業のように淡々と語る。
「そこで、特殊能力者を戦力にしようという話が出て、俺のところに打診が来たわけだ」
「何でお前のところに来たんだ?」
「それは俺も知らん。一応、義父が旧自衛隊に以前属していたから、目を付けられたらしいが、説明につじつまが合わない点が多くて、何か裏の事情があるんだと思われる」
「お前でも知らない事情か」
「ああ。意外と、俺の知らない裏の事情も多いんだ」
「やっぱ、いつの時代も一番怖いのは人間か」
「そういう事だな」
譲はそう言うと、マグカップを取り、コーヒーを飲んだ。克己も自分のマグを持ち上げたが、あいにく中身は空だった。
近くのコーヒーサーバーでコーヒーを追加しながら、克己はまた聞いた。
「で、前身の組織からお前は参加してるわけか」
「ほぼ終わりくらいだけどな」
「なんで前身の組織を、あえて日本再興機関に作り替えたんだ?」
「それは単純な理由だ。30歳以上の人口が一気に減ったせいで、組織が維持出来なくなったんだ。それで、今居る日再のトップの中野さんが主導でコンパクトかつ、日本の再興をメインにした新組織が作られたってワケだ」
「へぇー。日本も色々あったんだな」
まるで他人事のような克己の言葉に、譲が呆れる。
「お前もその時期は日本に居たんだろ?」
「居たことは居たけど、そもそも大学生だったし、その後は大戦で近くのシェルター暮らしになっただろ? んで、色々あって、シェルターを渡り歩いてたら、あの病院に出会ったんだ。外国人の見た目をしてる俺を雇ってくれるとこなんて他になかったからな」
日本は島国の影響からか、外の人間への差別が根強い。シェルターを渡り歩いたのもその辺の事情が絡んでだろう。
「つか、お前も日本人とは思えない見た目だけど、それについては何も言われないのか?」
「気にならないからわからんな」
「ああそう……」
まあ、譲の場合は後ろ盾もあるしなと、克己は納得した。
と、今度は譲が克己に聞いた。
「るいざとは病院で知り合ったのか?」
「ああ。るいざのが先に働いてたけどな」
「どのくらい病院に居たんだ?」
「んー、大戦からしばらく経ってからだから、……それでも半年以上かな」
「へえ」
「病院も、結構色々あって、大変だったぜ? それに比べりゃ今は平和なモンだ」
「どこもそれなりに大変だろ。それが、どの部分かが違うだけで」
「それもそうか」
克己は納得すると、コーヒーサーバーからデキャンタを取って、譲のマグカップへコーヒーを追加した。
「Thanks」
「どーいたしまして」
譲が礼を言うところをみると、そこまで切羽詰まった状態で作業をしているわけでは無いらしい。
むしろ、作業する事で気を紛らわせているのかもしれない。
「『真維』ねぇ……」
克己の呟きは、譲の耳には届かなかった。
譲はコーヒーを飲むと、ウィンドウを一旦整理し、新しくいくつか開いた。
「それ、夕食までに終わるの?」
「終わらないな」
「予定時刻は?」
「キリが無いから、適当なところで切り上げるだけだ」
何事も完璧は無い。特に人間のやることだ。必ずミスや漏れはある。
譲はそれを知っているからこそ、こうして何度も『真維』のバージョンアップをしているのだ。