3.創平の来訪
本日の創平の出迎えは、譲と麻里奈の2人だった。
麻里奈が希望したこともあるが、譲としても、まだ創平と2人になる覚悟が固まっていなかったので、麻里奈の申し出は願ったり叶ったりだった。
先日の一條とのやりとりの後、真維を通して本部のシステムを調べてみたところ、創平が施したらしいプログラムを見つけた。そのプログラムは、リモートでシステムを掌握するような物ではないが、通信や情報は創平へ筒抜けになる物だった。つまり、リモートの会話は全て聞かれていた事になる。ついでに、ネットワークを通じてメッセージを送れるようにもなっていて、こちらを使ってタイミング良く譲にメールを送ってきたという訳だ。
この穴に、真維が気付かない訳がないが、真維曰わく、下手にその部分を修正したら、譲が本部のシステムを掌握したこと自体が創平にバレる可能性が高いため、あえてそのままにしたとの事だった。
それならそうと、せめて情報を共有して欲しかったと譲は思ったが、真維には真維なりの思惑があるだろうから、結局何も言わなかった。
時間ちょうどに、創平の車は駐車場へと入ってきた。そして、しばらく待つと、2人の居るゲートフロアへ創平が姿を見せた。
相変わらず、この暑い中、黒のコートを着ている。
前回会ったときと何も変わらない姿に、譲は無意識に身体に入っていた力が少し抜けた。
そして、創平がかけていたサングラスを外し、眼鏡をかけると、麻里奈はすかさず創平に駆け寄った。
「創平ちゃん、いらっしゃい!」
「やあ、麻里奈。会いたかったよ」
「私も会いたかったわ! 今回はひと月も居られるんでしょ?」
「ああ。その予定だよ」
「やったー!! 嬉しいわ! 今度こそ、ゆっくり出来るわね!」
「そうだね。今回はそこまで日程も詰まっていないから、麻里奈とゆっくり話す時間も取れると思うよ」
「楽しみだわ!」
「僕もだよ」
譲が微笑み合う2人を、冷ややかな目で眺めていると、創平が譲を見た。
「譲…君も、久しぶりだね。元気だったかい?」
「ああ」
「ひと月、御指南宜しく頼むよ」
「こちらこそ。今回はそっちの技術も学ばせて貰いたいからな」
「君が学ぶほどの物があるかどうかは解らないが、僕の技術の限りで良ければいくらでも」
まるで狐と狸の化かし合いのような会話だが、2人の間の張り詰めた空気には気付かず、麻里奈が口を開いた。
「そうだ! 忘れないうちに渡しておくね。創平ちゃんの鍵、これよ」
麻里奈がハンカチで包んでいた指輪を差し出すと、創平は微笑んで言った。
「麻里奈がはめてくれるかい?」
「え? 良いけど、ちょっとテレるわね! どの指にはめるの?」
「左の中指で」
「わかったわ」
そう言うと、麻里奈は創平の手を取り指輪をはめてやる。
譲は、俺は何を見せられているんだろうかと思い、実は創平は麻里奈に会いたかっただけなのではないかとげんなりした瞬間、麻里奈の視線が指輪にあるのを良いことに、創平が譲を見てニヤリと微笑んだ。
「はい、出来たわ」
「ありがとう、麻里奈」
一瞬の事だったが、譲を警戒させるには十分過ぎる一瞬だった。
もうすっかり、先ほどまでの麻里奈に良い顔をする創平に戻っているが、あれはあくまでも表向きの顔だ。
譲はため息を吐くと、終わらない麻里奈と創平の会話を遮った。
「話は後でしてくれ。一旦顔合わせの為に下りるぞ」
「ああ、すまないね」
「まだ話し足りないのにー」
そう言う2人を相手にせず、譲はエレベーターのドアを開いた。
テラスには、全員が集合していた。
エレベーターを降り、譲と、創平、創平と手をつないだ麻里奈が、3人のところへ歩いてくる。
「克己とるいざは知っての通り、西塔創平氏だ。ドイツから、今回は特殊能力についてのトレーニング方法や、システム関係、それから真維のシステムについてと、ここの施設全体の維持についてを学ぶためと、逆にドイツの能力研究についてや、軍事関係についてをこちらが学ぶために、ひと月程、滞在するために来た」
「西塔創平です。克己君とるいざさんは久しぶり。憲人君は、はじめましてと言った方がいいかな? 大きくなったね」
にこやかに挨拶する創平に、3人も挨拶を返す。
「お久しぶり。よろしく」
「お久しぶりです……」
「はじめまして、憲人です」
挨拶が終わると、譲は早々に話を切り上げた。
「先に荷物を置いた方が良いだろ。麻里奈、部屋に案内してやってくれ。それから、食事の時間も伝えておいてくれ」
「わかったわ。今日はこの後、創平ちゃんの予定は無いの?」
「荷解きとか生活の準備があるだろうから、その時間に当ててくれ。早めに終わったら、麻里奈と好きなだけ話しでも何でもしててくれ」
「了解」
創平が軽く答える。
麻里奈は嬉しそうな表情を隠しもせずに、創平の手を引いた。
「創平ちゃんの部屋は前回と同じところよ。一応案内するわ。荷解きも手伝ってあげる。1人より2人の方が早いでしょ? 早く終わらせて、近況を聞きたいわ!」
「ありがとう、麻里奈。それじゃ、また後で」
創平はそう言うと、麻里奈と部屋に向かって歩いていった。
その様子を見て、憲人がポカーンとしている。
「あの人、麻里奈の恋人なんだよね?」
「そうらしいわよ」
るいざが答えると、憲人は呆気に取られた表情のまま、言った。
「すごい、麻里奈の態度が全然違った。びっくりした」
「アレはびっくりするよな。わかる」
克己が頷いている。
と、譲がコンピュータールームへと歩きながら言った。
「夕食まで籠もる」
その言葉に、るいざが聞いた。
「会議か何か?」
「いや、システム周りをいじるだけだ」
「んじゃ、俺も見に行こうかな」
克己が譲を追いかける。
「いってらっしゃい」
それを見送り、るいざは取り残された憲人を見た。
「私はここでお茶するけど、憲人も一緒にどう?」
「うん。する」
どうやら麻里奈の変貌ぶりに驚いたのが、まだ抜けきっていないらしい。
「紅茶と緑茶とハーブティーと、どれが良い?」
「紅茶!」
「はーい。今いれるわね」
そう言えば先日出来たジャムがあったなと、るいざは思いながら、スコーンとクロテッドクリームも出してあげようと思った。
麻里奈が創平に掛かり切りになると、どうしても憲人が寂しい思いをしてしまう。
かと言って、創平を野放しにされると、るいざ的には困るし、そう考えると憲人の相手は自分がしようと思うのだった。