2.明日
トレーニングの続いたある日、譲が思い出したように言った。
「そう言えば、創平が来る日が、明日になったって言ったっけ?」
「……言ってないな」
「聞いてないわね」
「どうしてそう重要な事を言い忘れるのよ」
麻里奈の言うとおりである。
「いや、すっかり言った気になってた」
悪びれもせずにそう言う譲に、3人はため息をついた。
譲は基本はしっかりしているのだが、たまに根本的なところが抜けているのだ。
「これだから天然は」
克己の言葉に今回ばかりは反論できず、譲は緑茶を飲んだ。
ちなみに現在は昼食の真っ最中である。今日のメニューはカツ丼がメインで、味噌汁、漬け物、サラダ、根菜類の煮物、ほうれん草のお浸しである。デザートは和食に合わせて栗入りようかんだ。
るいざがようかんを切り分け、二切れ乗せた皿を譲の前に差し出しながら聞いた。
「部屋は前に使ったところで良いのかしら?」
「ああ。問題無い」
「じゃあ、軽く掃除だけしとくわね」
「頼む」
「はーい」
ようかんを食べる譲を横目に、克己はまだカツ丼を食べている。
「つーか、麻里奈が掃除すりゃ良いんじゃねえの?」
麻里奈が味噌汁を飲みながら、頷いた。
「それもそうね。るいざ、私がやるわよ?」
「そう? じゃあ、お願いしようかしら」
「愛する創平ちゃんの使う部屋だもの。任せてちょうだい!」
「くれぐれも変なデコレーションはするなよ」
不安になった克己が言うと、当たり前だと言わんばかりに麻里奈は言った。
「創平ちゃんのイメージと合わない部屋にはしないわよ」
そもそも麻里奈の中の、創平のイメージがどうなっているのか疑問だったが、それ以上突っ込まずに克己は食事に戻った。
「じゃあ、カギ」
そう言い、譲がシルバーの幅広の指輪を麻里奈に渡した。
「……悪いけど、創平ちゃん以外から指輪を受け取る気は無いんだけど」
「違う。だから、創平の部屋の鍵がこれなんだ」
「ああ、なるほど。そーゆーことね」
納得した麻里奈が指輪を受け取る。
そしてなんとなくはめてみるが、ブカブカですぐに落ちそうで、慌てて手に持ち直した。
「何で指輪なの? 前回は普通の鍵だったわよね?」
鍵がいくらどんな形でも構わないと言っても、あえて指輪にする意図が解らず、麻里奈が聞く。
「知らん。ひと月も滞在するから、鍵と真維のアクセスキーを別々に貸し出すのも効率が悪いと思って創平に聞いたら、指輪でって言ってきたんだ。理由は本人に直接聞いてくれ」
「ちなみにサイズは?」
「本人の申請だ。どの指にはめるのかは知らん」
「ふーん。創平ちゃん、手が大きいものね。こういうデザイン似合いそう」
納得した麻里奈に、るいざが言った。
「サイズはともかく、デザインは譲じゃないの? 私のブレスレットもそうだし」
「俺のピアスもだな」
「そう言えば私のロケットもそうだったわ。譲って、妙な取り柄があるのね」
「妙なは余計だ」
誉めているのか貶しているのか、良く解らない麻里奈に、譲は言った。
「とりあえず、掃除と、明日それを創平に渡してくれ」
「わかったわ。私も譲が創平ちゃんの指に指輪をはめるところなんて見たくないしね」
「……気色悪い事言うな」
譲が心底嫌そうな顔でそう言った。
「……ところで」
今まで黙って話を聞いていた憲人が、口を開いた。
「その、創平さんって、どんな人なの?」
「ああ、そっか。憲人は覚えて無いもんな、さすがに」
前回創平が来たときは、憲人はまだ赤ん坊だった。現在は9歳近い身長になっているから、普通に育っていたとしても、忘れているレベルだろう。
「創平ちゃんって言うのはね、私の恋人よ!」
麻里奈が堂々と宣言した。
「恋人」
「そう、恋人! それで、身長が高くて男前で、凄く博識で優しいのよ!」
機関銃のようにしゃべる麻里奈に、3人は色々言いたいことはあるが、言葉にならない。
「今はドイツ軍に属していて、特殊能力について研究しているのよ。それで、ここの施設と分析が秀でているから、学びに来るの」
「お、やっとまともな説明が」
思わず克己が言う。
「失礼ね。私の説明はいつだってまともじゃない! それでね、創平ちゃんは声も良くてね……」
「あ、戻ったわ」
今度はるいざが言った。が、麻里奈の創平ちゃん語りは止まらず、そのまましばらく続くのであった。