1.日程調整
「今日のトレーニングは、午前がるいざと克己、午後が麻里奈と克己、憲人はコンソールルームで勉強だ」
「うげ、ハードだ」
「わかったわ」
「了解」
「りょーかい」
4人の返事のあと、思い出したように譲は続けた。
「それから、今度、ドイツからまた西塔創平が来ることになった」
すっかり呼び捨てである。
が、そんな事は気にしない麻里奈が、勢い良く席を立った。
「創平ちゃんが!?」
「ああ」
「本当に来るの!?」
「ああ」
「今度は長く居られるの!?」
「今回は1ヶ月の予定だ」
「やったー!!」
麻里奈が、思い切り喜ぶ。
が、その姿を横目にるいざは複雑そうな顔をしていて、克己は眉根を寄せた。
「ひと月って、それ大丈夫なのか?」
「何が?」
譲ではなく麻里奈が聞き返した。
すると、克己はパンに目玉焼きを乗せつつ答える。
「前回は一週間だったし、俺らも気付いてなかったから良かったけど、ひと月も居たんじゃ色々マズいだろ」
一応憲人は、自分の成長速度がおかしいことは、まだ知らないので、ぼかして言うと、麻里奈はきょとんとした。
こういう時、恋する乙女は察しが悪い。
克己が憲人に視線をやると、ようやく気付いたようで、はっとした表情になる。
「そっか。それがあったんだった」
憲人は何だか良く解らない会話について行けず、首を傾げている。
すると、るいざが言った。
「でもあの人、前回来たときも、報告してないみたいだったわよね?」
前回も憲人は居たが、未だ日再に憲人がここに居ることは伝わっていない。
「それを言うなら浩和もだけどな」
「浩和は、報告書を取りに来るだけだし、農業のことでいっぱいいっぱいだから。余計なことは言わない子だしね」
混ぜっ返した克己に、麻里奈が言う。
「でも、ひと月かあ。嬉しいけど困ったわね」
唸る麻里奈に、克己はトーストにかぶりつきながら、譲を見た。
「けど、譲が許可したって事は、何か考えがあるんだろ?」
「そうよね。譲が何の考えもなくオッケーしたりしないわよね?」
4人の視線が譲に集中する。
それを気にもとめず、譲はコーヒーを飲むと、ため息を付いた。
「当初はドイツから能力者も派遣して、交流をって話だったんだ。で、さすがにそれはマズいと交渉した結果がこれだ」
「つまり、ノープランってことか?」
「何とかなるだろ」
「ええ……、なるかしら?」
るいざが神妙な顔をして言う。
が、譲はしれっとして麻里奈を見た。
「麻里奈の恋人なら、麻里奈が困ることはしないだろ」
その言葉に、麻里奈は納得した。
「確かに! 創平ちゃんが私の困ることをわざわざするわけ無いものね。きっと今回も黙っていてくれるわよ」
「ええ……」
克己とるいざがそれは無理があると言わんばかりの反応をしたが、麻里奈は気付かず、譲はスルーした。
「とりあえず、今日程を調整しているところだ。向こうは早い方が良いみたいだから、遅くとも来週には来るだろ」
「へーい」
「わかったわ……」
「楽しみね!」
「う、うん?」
4人バラバラの反応を返し、その話題は終わったのだった。
午前のトレーニングを始める準備運動をしていると、譲がコンソールルームからトレーニングルームの方へ出てきた。
憲人はすでに勉強が始まっているようで、真維がウィンドウに何か書いているのが見える。
「ねえ、譲。本当に西塔さんがひと月も来るの?」
るいざが聞いた。
「ああ」
その答えに、克己が難しい表情をする。
「さすがに憲人の成長速度を誤魔化すのは無理があるぜ?」
「わかっている」
即答した譲に、るいざが怪訝そうな顔をした。
「……何か考えがあるの?」
「考えと言うほどの事じゃないが、思うところはあるな」
ハッキリしない物言いに、克己が不愉快そうな顔をする。
「まあ、付き合いの長いお前が言うならそうなんだろうけど?」
トゲトゲしい物言いだが、譲は全く相手にしなかった。
が、るいざが驚いた顔をした。
「譲、西塔さんと知り合いだったの?」
「昔、少しな」
「そうなのね。なら、安心ね」
それが、どういう意味での安心なのか良く解らなかったが、譲はなんとなく居心地の悪い気分になる。
「あまり信用されても困るんだが」
「そう? でも私、譲を信頼してるわよ?」
真正面からハッキリと告げられて、譲が驚いた。
と、隣から克己がるいざに聞いた。
「るい、俺は?」
「もちろん信頼してるわ」
「Thanks。俺もるいを信頼してるぜ」
「ありがと。さあ、それじゃ、トレーニングを始めましょうか」
「あ、ああ」
信頼を預けられることに慣れていない譲が、戸惑ったまま返事をした。
譲の周りは今まで常に、敵が多く、そして本人の無関心さもあいまって、まともな人間関係を築くことはほぼ無かった。
そのため、真正面から信頼される事も、それを告げられる事も無く、縁のないものだと思っていたのだ。
今日のトレーニングの説明をしながらも、るいざの真っ直ぐな目に、全てを見透かされている気がして、譲は早々に、コンソールルームへと戻っていった。