36.孤児院
翌日は、休日扱いの日だったため、全員スケジュールはオフだった。
トレーニングを開始した当初は、毎日トレーニングがあったのだが、適度にメリハリがあった方が効率が良いことに気付いて以来、昔の週5勤務と同じように、週の5日はトレーニング、2日はオフというスケジュールになっていた。ただし、いつ任務が入るか分からないため、連絡が取れる状態というのが条件であるが。
もっとも、基本的に全員シェルター内に居るため、連絡が取れないといった事は起こったことはないが。
譲は、そのオフを利用して、珍しく車で地上に出ていた。
『そこを右に曲がった辺りが目的地よ』
「OK」
そう言うと、半壊したビルを超え、右に曲がる。そして、少し走ってから車を止めた。
「ここか」
例の、国立生物学研究所の調査である。
と言っても、どうやら戦前はオフィス街だったようで、高いビルが半壊した状態で、見渡す限り続いている。
譲はウィンドウを開くと、マップを確認した。
30年ほど前のマップと、戦前のマップを重ねると、真維の案内通り、この辺りが目的地になるようだ。
「地上はオフィスだとすると、地下の開発もされていそうだな」
『殆どの建物が地下1階から2階建てね』
譲は透視を使って地下を眺めてみるが、ざっと見た感じ、怪しげな場所は見当たらない。
「やっぱり、無駄足か」
『さすがに、都内で20年以上前となるとね』
「生き残りの研究者は居たのか?」
『ええ。職員132名中、勤務していたのは85名、内、生存者は78名となっているわ。ただ、戦後の例のウイルスにより、現在生存している人間がいるかは不明ね』
「同時働いている年齢ってことは、若くても50は越えてるだろうしな」
ゼロの可能性が高いが、こちらは地道に調べてみるしか無さそうだ。
とりあえず、建物は完全に手掛かりはない。
「戻るか」
と、譲は車に乗ったところで、ふと気になりウィンドウを開いた。
表示したのはるいざの詳細な経歴書だ。
「どこかで見た地名だと思ったらこれか」
るいざが最初に居た孤児院が、この近辺のようだ。と言っても、地名は同じでも丁が違うため、それなりに離れてはいるが。
「孤児院か……」
クローンを研究している施設と孤児院。
この二つが繋がりそうで、気になった。
だが、こちらも古い話すぎて関係者を探すのは難しいだろう。
そこまで考えたところで、ふと同時のことを知っていそうな人物が居ることを思い出し、譲は車に戻った。
『戻るの?』
「ああ。真維は研究所の生存者を探してくれ」
『わかったわ』
そう言うと、譲は孤児院の跡地に何もないのを確認してからESPセクションへと戻った。
ESPセクションに戻った譲は、テラスでお茶をしていたるいざと克己を見て、言った。
「るいざ。はじめさんを借りるぞ」
「え? どうぞ? ていうかおかえりなさい」
「ただいま。はじめさん、ちょっと良いですか?」
「はーい! 譲君からのご指名なんて珍しいわね」
「ちょっと聞きたいことがあるんで、部屋まで来て貰えますか?」
「良いわよ~。ちょっと行ってくるわね」
はじめはるいざと克己にそう言うと、部屋に向かって歩き出していた譲にむかい、ふわふわと飛んでいった。
「なんだ? 急に」
克己がきょとんとして、呟くと、るいざも目を丸くしたまま答えた。
「わかんない」
「譲君の部屋は初めてだけど、凄いわね」
部屋はファミリータイプなので広いはずだが、足の踏み場が無いほど散らかっている。
が、譲はそんなことは気にならないらしく、部屋の扉が閉まるとはじめに聞いた。
「はじめさんは、るいざと会うまではどこに居たんですか?」
「また唐突ね?」
なんの話かと思えば、良く解らない事を聞かれ、はじめは少し考えた。
「るいざと会う前ね~。うろ覚えだけど、しばらくあの孤児院に居た気がするわ」
やはり、はじめは当時のことを知っている可能性がある。
譲は少し頭を整理して聞いた。
「あの付近に孤児院は1つだけでした?」
「そうよ。同時は孤児院なんてそんなに無かったもの」
「孤児院に来た子どもの事は覚えてますか?」
「うーん。覚えてたり、覚えてなかったりかな。でもどうしてそんな事聞くの?」
「別件を調べていて、もしかしたら繋がりがあるかもしれないと思いまして」
「別件って?」
「それは秘密で」
「秘密かあ」
はじめは残念そうにするかと思いきや、逆に楽しそうな顔をした。
「それで、譲君は何を知りたいの?」
「孤児院に来た子どもに共通点があるかどうかを」
「共通点かあ……」
しばらくはじめは考え込んでいたが、譲の方を見て言った。
「共通点という程のものは無いんじゃないかな? 親に虐待されて保護された子もいたし、親が死んじゃって、親戚で引き取り手がいなくて来た子もいたし」
「ふむ」
「そもそも、そんなに人数が居なかったっていうのもあるかな」
盲点だった言葉に、譲が聞いた。
「そもそも、孤児院の規模はどの程度だったんです?」
「一年に1人か2人くらいだったわ。小さな孤児院だったから、それ以上は引き取れなくて、他の施設へ送られていたしね。まだ行政が機能していたから」
「なるほど」
そもそも保護された時点で行政が入るから、施設の場所と保護された場所は関係ない可能性が高いのか。
「あ、でも、るいざが来た日のことは覚えてるわよ。夏の暑い日でね、門の前に捨てられていたのよ。発見されたときには脱水症状を起こしてて大変だったわ」
「……親とかは解ったんですか?」
「解らなかったから孤児院に居たのよ」
「ですよね」
譲は何かがひっかかりながらも、はじめに聞いた。
「ちなみに、孤児院はずっと同じ場所にあったんですか?」
「ううん。少ししたらオフィス街を造る話がでて、移転したわよ」
譲は顎に手を当て考え込んだ。
その様子を見て、はじめは聞いた。
「憲人君のこと?」
「まあ、そうですね」
「昔、孤児院があったあたりで発見されたんだっけ?」
「そこまで近くも無いんですが」
「ふーん。でも、あの孤児院は関係ないと思うわよ。今は他の施設と一緒に別の場所で、戦争の孤児を集めて運営してるしね」
「そう言えば、るいざが本を預かって貰ってたとか言ってましたね」
「そうそう。もう代替わりはしちゃってるけど、調べようと思えば調べられるくらい、裏のない孤児院よ」
はじめが言うからには、そうなのだろう。
はじめには隠し事が出来ないだろうし、しようとも思わないだろう。なにせ、姿が見えないのだ。
しかも移転しているんじゃ、憲人との関係はゼロに等しいだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。っていうかね、譲君」
「はい?」
「私には敬語じゃなくて良いのよ?」
「……なんとなくなので、気にしないでください」
譲は普段敬語を使う方ではないが、なぜかはじめを目の前にすると敬語になってしまう。
それがなぜかは譲自身謎だ。
「まあ、いいけどね」
はじめはそう言うと、飽きたように空中でくるりとまわった。
「それじゃ、もう良いかしら?」
「はい」
「それじゃ、またねー」
はじめはパッと消えると、るいざの元へと戻っていった。
譲はその場に立ったまま、情報を整理していたが、諦めた。
「とりあえず、憲人の事については一旦後回しだな」
手掛かりが少なすぎる。
このまま調べていても埒があかないだろう。
それよりも、優先事項が出来た以上、仕方がない。
ひとまず、ドイツから来る西塔創平の対応だ。
譲は大きくため息を吐くと、一旦憲人の件は置いておく事にした。
「創平が何か知っているかもしれないしな」
そう言うと、譲は創平の来る日程の調整を始めた。