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35.ドイツからのメール

 そこからしばらくは、また任務のない平和なトレーニングの日々が始まった。


「今日は、午前に克己のトレーニング、午後はるいざ、憲人はコンソールルームで勉強」

「OK」

「わかったわ」

「はーい」

「了解。私は1日農作業が出来るわね!」


 張り切って言った麻里奈に、克己が言う。


「たまには自主トレしても良いんだぞ」

「たまにしてるじゃない」

「ごくたまーにな」

「必要だと思えばしてるわよ!」

「もっと上を目指そうぜ」

「そう言われても、目標がね……」


 確かに、こう毎日が平和で、能力もある程度限界が見えてくると、やる気も無くなってくると言うものだ。何か、平和的で良い方法があるといいのだが。

 と、譲が思ったとき、譲のところに緊急メールが届いた。

 譲はコーヒーを飲みながらメールを開く。


「……」


 その様子を見て、克己が言った。


「前から思ってたんだけどさ、お前、緊急メールをここで開いて良いのか? 機密とかだったらどうするんだ?」

「機密だったらメールで連絡は来ないし、緊急メールなんだからすぐ開けた方が忘れなくて良いだろ」

「ああそう……」


 緊急メールを開き忘れる事に比べれば、確かにここですぐに開くのは賢明な判断と言える。が、そもそも普通は開き忘れない。

 色々ツッコむのが面倒になって、克己はトーストをかじった。

 すると、譲がメールを閉じて言った。


「午後の予定は無しだ。会議が入った」

「リモート?」

「ああ」


 るいざの疑問に頷いて、譲はヨーグルトにハチミツを入れた。


「緊急会議なんて、珍しいわね。なんの話なの?」

「メールには書いてなかったからわからん」


 今度はジャムも入れて、譲は答えた。余程会議が面倒らしい。まあ、一応課長で総務係的なものも居ないため、対外的な書類仕事や会議、交渉など、一手に引き受けているので、面倒になる気持ちは分かる。が、みんな面倒くさがって、誰も手伝うとは言わないのだった。譲も、中途半端に手伝われても手間が増えるだけなのがわかっているので、それについてとやかく言うことは無い。が、面倒臭いのを隠しはしない。

 不機嫌にも見える譲の態度だが、実際はそうでもなく、他人に八つ当たりする事はないので、誰も気にしない。


「会議は何時からなの?」

「1時からだ」

「じゃあ、お昼は普段通りで良いわね」

「ああ」


 そう言って、ヨーグルトを一口食べた譲は思い出したようにるいざに言った。


「ついでだから、午後、憲人の勉強を見てやってくれ」

「わかったわ。いつもの、真維先生の助手で良いんでしょ?」

「ああ。と言うわけで、憲人の予定はそのままな」

「はーい」


 今のところ勉強に苦手意識の無い憲人は、素直に返事をした。憲人の年齢で、日々のリズムが崩れるのは余り望ましく無いため、勉強の時間はなるべくきっちり取ってやりたかった。ちなみに、勉強は毎日ではなく、5日やったら2日休みといった具合だ。

 そして、教えるのはもっぱら真維の仕事だが、助手が必ずつく。それも、麻里奈以外で、だ。一度麻里奈がやったこともあるのだが、手取り足取り教えてしまい、勉強にならなかったのだ。


「じゃ、今日の予定はそんな感じで」

「OK」

「はーい」

「了解」

「りょーかい」


 全員の返事が返って、朝食の続きが始まった。






 午後になり、譲はコンピュータールームに籠もると、リモートで本部に繋いだ。

 今回の会議は、防衛官長の一條圭吾とのものだ。会議と言っても、参加者は2人だけで、後は書記やらボディーガードの陸軍の兵士やらが聞いているだけだ。


「で、何の用だ?」


 最近、敬語を止めた譲が単刀直入に聞くと、一條は楽しそうに笑った。

 が、彼が楽しそうに笑うときは、経験上ろくな事がない時だ。


『元気そうだね?』

「そこそこだ」

『最近、任務が無くて暇だろう?』

「トレーニングに忙しいが?」

『それは向上心があってなによりだ。そんな君に朗報だよ』


 譲は嫌な予感しかしない。


『ドイツ軍の西塔君から、良い申し出があった』

「……断る」

『聞きもしないでそれはないだろう?』

「聞かなくても、ろくでもない話なのは解る」


 譲は取り付くしまもない。

 そんな譲の様子は気にもせずに、一條は言った。


『西塔君と、研修生2名の派遣の依頼だ』

「……」

『刺激が無いと、人間というのは楽をしようとするからね。研修生は当然、能力者だ。西塔君はこちらの技術水準の高さに、感銘を受けたらしい。ぜひ、体験させたいと。それから、交流もとのことだ。期間はひと月程だ。悪い話じゃないだろう?』


 確かに悪い話ではない。

 それに、最近こちらのメンバーがだれているのも事実だ。実現すれば良い刺激になるだろう。

 ただ――。


「日再はヨーロッパ連盟と手を組むつもりなのか?」

『今のところ、その予定は無いね』

「そのわりに、ドイツ軍だけ随分優遇しているじゃないか?」

『第二次世界大戦からの縁もあるしね。それに、西塔君の存在が大きいかな。彼が日本の能力者に――特に君に御執心だからね』

「迷惑な話だ。結論は変わらない。断る」

『なぜ?』

「こちらのメリットが少なすぎる」

『ふむ』


 一條は少し考える素振りを見せた。

 が、譲の回答は変わることはない。確かに良い話ではあるし、良い刺激なのも事実だ。だが、こちらには今、憲人が居る。2、3日の滞在ならともかく、1ヶ月となると話は変わる。あの成長速度を見られるのはマズい。それに、そもそも憲人の存在は、日再に登録されていないのだ。

 と、一條との通話に紛れて、メールが一通届いた。

 差出人は西塔創平。タイムリーにも程がある名前に、譲は反射的にメールを開いた。

 すると、本文には一言だけ記載があった。


『憲人は大きくなったかい?』


 全てを見透かしたような文面に、譲が目を見開く。


『譲君? 何かあったかい?』

「いや」


 譲はすぐに、いつものポーカーフェイスに戻る。が、心中は穏やかではなかった。

 創平は何を知っているのか。

 麻里奈が連絡を取っているとも思えない。

 だとすると、この文面は一体――。


『では、妥協案を出そう。西塔君の滞在のみ認める、と言うのでどうかな?』

「そこまでしてドイツ軍に恩を売りたいのか?」

『日本は小国だからね。いざという時のために、打てる手は打っておきたいところさ』

「……」


 先ほどまでは、創平の滞在すら認めたくは無かった。が、あのメールだ。

 創平は、憲人について、何か知っている。

 譲の予知の部分が、そう確信していた。

 それに、自力で調べるのも難航している事も事実だった。


「わかった。西塔創平氏の1ヶ月の滞在のみ許可する」

『賢明な判断に感謝するよ』

「あんたには貸し一つだ」

『仕方ないね』


 一條はやれやれと言った体で、椅子に身体を預けた。


『細かい事は、追ってメールする』

「ああ」


 ぷつりと通話が切れた。

 と、同時に、再びメールが届く。

 見なくても解る。創平からのメールだ。


『Anerkennen.(感謝する)』

「……ふざけやがって」


 譲はウィンドウをかき消すと、しばらくその場で虚空を睨んでいた。

 が、やがて大きく息を吐くと、ゆっくり立ち上がった。


「……こっちが利用してやる」


 そう言い、譲はコンピュータールームを出た。

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