33.変わらないこと、変わったこと
一方その頃、譲は神崎の部屋で調べ物をしていた。
ウィンドウを複数開いてあれこれしている譲に、神崎は呆れた顔で話しかけた。
「いつものことながら、俺の部屋を便利に使いすぎじゃないか?」
唐突にやってきては、部屋を占領していく譲に、いつ来ても構わないとは言え、体よく使われている気はしないでもない。
「こっちに俺の部屋が無いんだから仕方ない」
「そう言う問題か?」
確かに、所属が本部ではない譲の部屋はこちらには無い。だが、度々部屋を訪れては占拠していく頻度を考えると、部屋の申請をしても良いのではと思わないでもない。
「別にただで居座っているわけでもなし」
「それはお前のメリットじゃないのか?」
「利害の一致だろ」
「よく言う。調べ物が終わる前に襲うぞ」
「どーぞ」
どうやら簡単に終わる調べ物では無いらしい。
譲の許可も出たことだし、神崎は譲の腰を抱き込んでベッドに押し倒した。
ウィンドウが一緒に雪崩てきて、うざったいので神崎が腕を振ってすべて消す。
「あんまり首を突っ込むと、消されるぞ」
神崎が譲に忠告する。
が、譲は笑って言った。
「いまさらだな」
確かにその通りではあるが、神崎としてはあまり危ない橋を渡って欲しくは無い。その程度には、譲の事を気に入っていた。
ひねくれた女王様だけどな。
譲は部屋の明かりを落とすと、神崎の首に腕を回した。
「それより、集中しろ」
「ああ」
とりあえず、我が儘な女王様を満足させるべく、神崎は唇を重ねた。
翌日、夕食が終わっても譲は帰ってこなかった。
「まーた、アイツは、いつ帰ってくるんだか!」
克己がマグカップをテーブルにドンと置き、言った。
「ちょっと、克己。こぼれたわよ」
今回は冷静な麻里奈が言う。
「譲の事だから、どうせ調べ物に夢中になってるんでしょ」
るいざが言う。
「そうだろうけどさー。だから、連絡のひとつも寄越せっつー話よ」
「そんなに気になるなら、克己から連絡すれば良いじゃない」
麻里奈が言うと、克己は驚いた顔をした。
「確かに。なんで思い付かなかったんだろ……」
「思い付いて無かったんだ」
るいざはてっきり、連絡を入れないよう言われているのかと思っていた。
「さあ、バカはほっといて、私たちは寝ましょう」
「うん」
麻里奈は憲人を連れて、早々に部屋へと戻っていった。譲が帰ってこようが来まいが、我関せずといったところだ。
まあ、ここに来た当初とは違うから、克己とて、譲の外泊が何泊になろうとどうでも良い。どうでも良いはずなのに――。
「なぁんか気になるんだよな」
机に突っ伏して、克己が言った。
その様子をしげしげと眺めて、るいざが言う。
「克己は変わらないわね」
「そーか?」
「うん。根本的なところが、変わらないなって思う」
「それって、成長してないって事?」
「それとは違うかな」
「ならいいや」
克己はようやく、零したコーヒーを拭くと、マグカップに口をつけた。
「それにしても、本当にいつ帰ってくるんだか」
「そうねえ。食事の都合があるから少しははっきりして欲しいわね」
るいざの言うことはもっともである。
克己と違ってこっちは実害があるのだ。
「連絡取ってみるか」
「珍しい。でも、譲が出るかしら?」
「……。やっぱ止めた」
「あら。どうしたの?」
「いや、譲は本部に居るだろ?」
「そうね」
「てことは、神崎さんの所に居る確率が高い」
「でしょうね」
「邪魔したら怒られそうじゃね?」
「そもそも最中だったら、連絡入れても出ないわよ」
「さらっとすげー事言うな」
「だって事実じゃない」
「なんか、むしろ邪魔したくなってきたわ」
「何バカなこと言ってるのよ」
「るいにまでバカって言われた……」
「本当の事だから仕方ないわね」
容赦なくトドメを刺して、るいざは席を立った。
「私もそろそろ部屋に戻って寝るわ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ここに来たばかりの頃は、譲の外出にみんなでやきもきしていたのが遠い昔のようだ。
るいざの背を見送って、克己はテラスに植えられている木を見た。
「つーか、もう一年以上経ってるのか」
シェルターの中で変化が乏しいとは言え、真維のおかげで四季があるから、外よりは時間の変化を感じる。ただ、メンバーがほぼ変わらない事と、毎日のルーティンに変化が無い事で麻痺しがちだが、意外と時は経っているのだ。
と、パッとはじめが現れ、克己は驚いてまたコーヒーを零した。
「こぼれたわよ」
「わかってる。つか、るいなら部屋に戻ったけど?」
「知ってるわよ」
「じゃあ何か用でも?」
「克己君が1人で黄昏てて可哀想だから、話し相手をしてあげようかと思って」
「いや、特に、平気ですけど」
「まあまあ、遠慮しないで。たまには私にも付き合いなさいよ。まだ憲人君には認知されてないから、出番が少ないのよ」
「出番て。まあ、話し相手くらい、いくらでもしますが」
「じゃあとりあえず、敬語は無しね」
「OK。その方が楽でいいや。つか、何気にはじめさん、と2人で話すの初じゃ?」
克己の言葉にはじめは手を打った。
「そうかも! わー、乾杯出来ないのが悔しいわ!」
あのるいざにしてこの親?有りって感じだ。
はじめは適当な椅子に腰掛けて、テーブルにひじを付いた。
「で、克己君は譲君を待ってるの?」
「まあ、そんなところ」
「つまり暇なのよね?」
「なんでそうなる。いや、暇だけど」
思わずツッコんでしまう克己に、はじめが愉快そうに笑った。
「今日帰ってくるのかしらね?」
「どうだろうな。わかんね」
「克己君から見て、譲君ってどんな人?」
唐突にはじめが聞いた。
「俺から見て?」
「そう」
克己は少し考えると、言った。
「神経質なようで意外と大雑把、能力はチートで……」
そこで言葉が止まる。
「一年以上一緒に居るけど、良くわかんねーや」
「そうなの?」
「関係も、近くなった気もするけど、踏み込まれたくない所には相変わらず立ち入らせてくれねーし」
「ああ。それはあるわよね」
「過去とか、何考えてるのかとかも謎だし」
言葉にすると、意外と譲との関係は変化していないことに気が付いてしまった。
克己はまたテーブルに突っ伏して、落ち込む。
「まあまあ。変化してるところもあるじゃない」
はじめが克己を励ますように言う。
「例えば?」
「そうねえ。一緒に食事したりとか」
「……」
言われてみれば、その通りだ。変化してないところもあるが、変化しているところもある。そしてそれは、克己も同じ事だろう。
「あ、エレベーターが動いたわ」
はじめはそう言うと、パッと姿を消してしまう。
見ると、エレベーターが下りてきて、譲が姿を表した。
「おせーよ」
その姿を見て、思わず克己はボヤいてしまう。すると譲はしれっと言った。
「別に待ってろとは言ってない。寝ていて良いんだぞ」
「そうだけどさー」
ぼやく克己を無視して、譲はキッチンに入り冷蔵庫を開けた。中にはるいざが作り置きしたサンドイッチが入っているはずだ。
それと、コーヒーを持ってテーブルの方へ歩いてくる譲を見て、克己は思わず笑ってしまった。
「何、いきなり笑ってるんだ。気持ち悪い」
「いや、悪い悪い」
確かに変わっている部分もあるというのを実感して、思わず笑いが出てしまったのだ。
「今日の夕食の残りが挟まってるから、豪華だぜ」
「そうか」
譲はそれだけ言うと、克己の向かいに座りサンドイッチを食べ始めた。
るいざの餌付けだけは、確実に成功してるな。
心の中でそう思い、克己は譲を見ながらコーヒーを飲んだ。