32.テレポーテーションの飛距離
任務が無事終わり、本部に帰還したのは午後5時過ぎだった。今回は特殊能力課は特に何もしていないため、すぐに解散となる。
「おっし! 急げば夕食に間に合うな」
浮かれる克己をよそに、譲は顎に手を当て何やら考えているようだ。
「譲?」
克己が聞くと、譲は廊下を歩き出した。慌てて克己がついて行く。そして、人気の無い場所まで来ると、譲は足を止めた。
「ちょっと調べたいことがある」
「今から?」
「時間がかかると思うから、お前は先に戻っていろ」
「OK。でも車はどうするんだ? 一台しか無いだろ」
すると譲は、さも当たり前のことのように言った。
「お前がテレポーテーションで帰れば良いだけだ」
「はあ? ここからESPセクションまでどれだけ距離があると思ってるんだ」
「直線距離ならそこまではない。そろそろお前の能力なら飛べるはずだ」
「ああ、そうか。1人だしな……」
克己は呟く。
が、自信は正直無い。
「もし、とどかなかったらどうする?」
「心配なら、上空へ出るように飛べば良い。お前ならすぐに2度目が飛べるだろ」
「……」
「どこまで飛べたかは後で報告してくれ。そろそろ飛距離も計りたいと思っていたところだしな」
「ついでのように、しれっとトレーニング入れてくるな……」
「機会は活かさないとな」
克己は大きなため息を1つ吐くと、両手を上げた。
「あーもー、解った。んじゃ先に戻ってるからな」
「ああ。俺も調べ物が終わったら帰る」
「いつ頃終わりそうなんだ?」
「さあ?」
「へいへい。それじゃ、先に戻る」
「ああ」
克己は深呼吸すると、意識を集中した。今までは精度をメインにしていたので、飛距離をメインにするのは珍しい。しかも、限界に挑戦するとなると、余程集中しなければ出来ない。
と、克己が地面を軽く蹴り、飛んだ。
その場から姿が消える。
譲はその様子を眺めていたが、すっと、視界を遠距離に飛ばす。
ESPセクションの方角をざっと視ると、克己は5分の4程の距離の位置に一度出て、再び消えた。
「ふむ。まだ届かないか」
惜しいところまでいっているが、今まで飛距離を重視していなかったため、能力を伸ばしきれていないのだろう。
これからのトレーニングの予定に、飛距離についてを加えながら、譲はひとまず神崎の部屋へと向かった。
一方、思い切り飛んだ克己は、どこまで飛べるか解らなかったので空中に出るようにした。結果、ESPセクションまでは飛距離が届かなかったので、正解だったと言える。
ざっと位置を把握し、落下する前に再度テレポーテーションする。今度は第七シェルターのゲートフロア目指してだ。
二度目は精度バッチリで、ゲートフロアに到着する。と、そこには真維が居て、お出迎えをしてくれた。
『お帰りなさい。任務お疲れさま』
「ただいまー。任務より帰りのが疲れたぜ」
全力での能力展開程疲れることはない。
『でもなかなかの飛距離だったわよ。もう少しで本部と行き来出来るわね』
「1人でしても、あんまり意味ねえけどな」
『そうでもないわよ。反復練習した方が、次のステップが早いもの』
真維はニコニコと、エレベーターのドアを開ける。
「まあ、今の限界が解っただけ儲けモンか」
『そうね』
克己は真維とエレベーターに乗り、テラスへ向かった。
一方テラスのキッチンでは、るいざが夕食の支度をしていた。
「克己と譲はいつ帰ってくるのかしら?」
そう言いながら、一応帰ってきたときのために5人分の用意はしている。
今日のメニューは自分で焼くタイプの焼き肉にしようかと思っている。これなら、帰宅時間がズレても、帰ってこなくても問題無い。
肉は半冷凍状態の方が切りやすいので、冷たさを感じながら、スライスしていく。
と、エレベーターが開いて克己が帰ってきた。
「ただいまー、るい」
「おかえりなさい。早かったのね。って、譲は?」
エレベーターから克己と真維しか降りてこなかったので、るいざが不思議そうに聞くと、克己が愚痴った。
「それがさ、聞いてくれよ。譲、調べ物があるとかで、俺にいきなりテレポーテーションで1人で帰れって言うんだぜ?」
「え。それでどうしたの?」
「仕方なくテレポーテーションしたさ」
その言葉にるいざが驚く。
「いつの間にそんな距離を、テレポーテーション出来るようになってたの?」
「いや、さすがに無理だった。2回に分けて飛んだ」
「そうなんだ。でも2回なのね。すごいわ」
「ありがと。まあ、夕食に間に合って良かったけどさ。今日の夕食、何?」
「焼き肉の予定。任務だったけどお肉平気?」
「平気。つーか、今回は何もしなかったしな」
「そうなの?」
「陸軍が全部やって終わり。能力者は居なかったっぽい」
「それじゃ、出番は無かったのね。何よりだわ」
るいざがそう言って、肉を皿に並べる。次は野菜だ。
「麻里奈と憲人は?」
克己がここに居ない2人について聞く。
「農場で、農作業中」
「いつも通りか」
「いつも通りよ」
「んじゃ、俺はシャワー浴びてくるわ。その後、セッティングを手伝うよ」
「ありがとう、助かるわ」
そう言うと、克己は住居ブロックの方へ歩いて行った。
「そういえば、譲の調べ物って、いつ帰ってくるのかしら?」
ふと気になってるいざが呟くと、真維がキッチンを覗きながら言った。
『いつかしらね。少なくとも今日でないことだけは確かよ』
「いつもの予定は未定ってやつね」
『ええ』
それなら、譲の分は取っておく必要はないので、るいざはそのつもりで皿に盛り付けていく。
焼き肉用のプレートは克己が来てから準備しても間に合うので、後回しにして、付け合わせのナムルやキムチを用意して、タレも何種類か用意する。
「焼き肉は久し振りだわ」
『そうね。みんなで焼きながら食べるのも楽しいのよね』
「そうなのよ。準備の手間も減るしね」
『片付けは大変になるけどね』
「それはまあ、手伝って貰うとしましょう」
そう言って、るいざは今使った調理器具を洗い始めた。