10.事故②
「そうだ! 克己君さえ良ければ、トレーニングもしていかないか?」
「トレーニング?」
「まだ実験段階になるんだが、僕が作った強化プログラムがあってね。君も、もっと強い力が欲しいと思わないか?」
「そりゃ、いざという時、皆を守れる力が欲しいとは思うけど」
克己がそう言うと、白石はクスクスと笑った。
「君は欲が無いんだな。その能力は、使い方次第で世界征服も出来るのに」
「生憎、世界には興味が無いんでね」
それ以前に、今の状態では能力のコントロールすらままならない。この能力がそう簡単にコントロール出来るようになるとは思えない。
しかし、白石は聞く耳を持たない。
「どうだろう、悪いようにはしない。その能力を僕の実験の役にたてる気は無いかい? 勿論損はさせないよ」
「……」
「譲君は反対しているが、海外で効果が保証されている薬もあるんだ。これらを組み合わせて使うことで、絶大な能力の増加が見込まれ――」
その時、白石の端末と、克己の鍵がけたたましいアラーム音を鳴らした。
『処理棟2階ニテ、火災アリ』
電子音声が非常事態を告げる。
それに舌打ちして、白石はシステムをシャットダウンした。
「さっきの件は考えて置いてくれ。僕は現場へ向かう」
そう言うと、白石は克己を置いて部屋を出て行った。
少しの間呆然としていた克己だったが、やがて大きく息を吐いた。
「日再も一枚岩じゃないって事か」
どうやら譲と白石は別の派閥らしい。神崎がどちらに汲みするのか、またはさらに別の派閥なのかは解らないが。
背中の古傷が引きつれたような気がした。
それを首を振って追い払うと、克己はニヤリと笑い、処理棟へ向かって走り出した。
「ちょっと面白くなってきたんじゃねーの?」
処理棟2階は火災は消し止められていたが、何かが爆発したような痕跡があった。
克己が到着したときには、既に実況検分が始まっていた。
譲が被害状況を確認しつつ、事故の状況を確認する。
「一番にここに来たのは神崎で間違いないな?」
「はい」
「その時の状況は?」
「すでに火災は、システムによって半分消し止められている状態でした。被害があったのは午前中に工事していた部分で、空調と電気、水が主なパイプですが、まだ稼働はしていませんでした」
「稼働の遅れがプラスに出たか」
譲が穴のあいたダクトから覗くケーブルを見て、無事なものと使えないものとを分けていく。
と、事故現場を見ていた白石が、破片をいくつか譲へと投げた。
「最新式の日再の手榴弾だな」
破片を見た譲が呟く。
「つまり、内部の犯行ってことか」
克己が口を挟むと、譲が破片を克己へ投げた。
「来たのか」
「面白そうだったからな」
「そりゃ何よりだ」
感情の読み取れない顔で、相槌を吐くと、譲は神崎を見た。
「状況的に一番怪しいのはアンタだ。それは解ってるな?」
「ああ」
「しかし、作業の遅れも見過ごせない。神崎は12時間、自室での強制待機だ。作業は続けられるな?」
「大丈夫です。後少しですから、確認作業手前までは私たちで進められます」
ツナギを着た作業員達が、励ますように神崎の肩を叩いて持ち場に戻っていく。
神崎は口を引き結んだまま、自室へ向かう。
「白石は破片の回収を。何時もの場所に纏めて置いてくれ」
「了解。譲君は?」
「寝る」
「了解。良い夜を」
意味深な笑みの白石を置いて、譲は中央回廊へと向かった。それを見送り、克己は白石に聞いた。
「作業、遅れてるんじゃないのか?」
「ああ、克己君たちは知らなかったか」
「何を?」
「譲君と神崎は付き合ってるんだよ」
「……へぇ」
「つまり、自宅待機の神崎の部屋でよろしく過ごすって事さ」
「なるほどねぇ……」
同性愛者に対する偏見は無いが、今の状況に対する複雑さに、克己も歯切れが悪くなる。
「だから、神崎は譲君からは最も疑われにくい立場だということだね」
そう言った白石の言葉が、妙に耳に残った。
同時刻――。
農村ブロックでは夕日が沈みかけていた。 るいざは先程のアラーム音に、時間を忘れて盛り上がって居たことにようやく気づき、慌てて外に飛び出した。そして、そこに麻里奈の姿を見つけて、胸をなで下ろした。
「火災は大丈夫だったのかしら?」
「その後何も言ってないから平気じゃない?」
心配そうなるいざに、楽観的な麻里奈が答える。
「でも、地下での火災は怖いから……」
「そう言われてみればそうね。でも、私たちが行ったところで何も出来ないしね」
地下ということを忘れていたらしい麻里奈にあっけらかんと言われて、るいざも納得した。
「それもそうね」
「それより、お腹空いた~」
麻里奈の訴えに時計を見ると、時刻は6時を回ったところだった。夕食にしては早い気もするが、昼を食べ損ねた2人は既にお腹ペコペコだった。
「克己はどこに行ったのかしら?」
念のため、2人で2階を確認するが、そこには克己も譲も居なかった。
「テラスで夕ご飯にしよっか?」
「賛成!」
2人は中央回廊へと向かい、夕暮れに染まる小道を歩き始めた。